ムラサキツユクサ
ひとつ下の後輩は、ことあるごとに私を尊敬していると言う。私の作った書類が丁寧で綺麗だとか、電話応対がスマートだとか、アドバイスが的確だとか。それはただ単に、私が入社してすぐに先輩から教わったことを実践しているのに過ぎないのだが、彼は私の一挙一動に瞳を輝かせて、さすがっす、と呟くのだ。
「オレ、先輩みたいに仕事が出来て優しい人が隣の席にいてくれて、マジで助かってます。ありがとうございます」
「いや、本当にそんな、凄いことやってないから……当たり前のことしかやってないから」
「当たり前のことを当たり前にするのが一番難しいって、母さんが言ってました。オレもそう思います」
過分な賛辞に、頬が緩む。慌てて口元に力を入れて、パソコン画面に向き直った。
毎日毎日こんな風に言われるから勘違いしそうになるが、彼には恋人がいる。「先輩が素敵すぎるから、彼女にも会わせてやりたいんすよね」なんてことを、彼はよく言う。その言葉には何の下心もない。本当に、純粋に、私を尊敬しているのだ。
だから、私も純粋に、彼の「先輩」でいなくてはならない。「素敵な先輩」でいなくてはならない。
当たり前のことを当たり前にするのが一番難しい。
本当に、その通りですね、と、私は恐らく一生会うこともないだろう彼の母に、そっと同意した。
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