ツンべルギア

 その日は教会の仕事が休みで、私は久しぶりに天使としての仕事に集中することが出来た。夕方ごろまで溜まっていた仕事を片付けていたところに、玄関の錠が開けられる音がした。

「天使サマ……」

 言いながら入ってきた黒髪の男が、私の様子を見て言葉を止めた。窓から差し込む夕陽に、整った顔が照らされる。

「済まない、仕事中か」

「いや、大丈夫だよ。そんな、たいした仕事じゃないんだ」

 私が椅子を勧めると、その細身を滑り込ませるように、男は座った。椅子の背に深く寄りかかり、黒い瞳で天井を眺める。いつもなら、すぐに世間話を始めるところなのだが。

「なんだか疲れているみたいだね。どうしたんだい」

「ああ……。上司の悪魔遣いが荒くてな。色々な姿に変身させられたもんで、流石の俺でも疲れちまった」

 だからお前に癒されに来た、と悪魔は笑う。天使も必要に迫られれば変身はするが、悪魔のそれとは頻度が全く違う。あまり何度も連続して姿を変えるのは、確かに疲れることだろう。

「そういえば、お前はいつも、どんな姿になるんだ?」

 ふと疑問を口にすると、悪魔は疲れているというのに、素早く何パターンかの姿を披露してくれた。少女、少年、屈強な男、妙齢の美女、老人。そして元のよく知る姿に戻った彼に、私はひとつの発見を伝える。

「どの姿でも、瞳は変わらないんだな」

 宇宙のような、果てない深淵のような、深く黒い目の中に、赤く燃える、炎の瞳孔。テーブル越しに身を乗り出して、その瞳を覗き込む。吸い込まれそうな輝きの中に、男の魂を見る。

 悪魔はふっと目を逸らし、「これは自前なもんでな」と呟いた。

「宝石のようで、私は好きだな」

 私の言葉に、逸らされた目が、軽く見開かれる。ついで、その尖り気味の耳が、ほんのりと赤くなった。

「癒されに来た筈なんだがな……」

 むしろ鼓動が早まって疲れてしまう、と、悪魔は私に微笑んだ。

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