ベニバナ
唇に紅を置く。赤の中に、玉虫色の輝きがほんの少し、屈んだときに見せるうなじのように控えめに。
普段、化粧なんてしない私は、姉の家に行くときだけ、その紅を使う。そして、姉の家に行くのは、姉の夫が在宅のときと決めている。
「姉さん、久しぶり」
「ついこないだも来たじゃない」
姉はいつものように苦笑いしつつも、優しく出迎えてくれる。私は居間に通され、姉の夫にいつも通りの挨拶をする。通り一遍の世間話をしながら、その視線が私の口元の辺りをさ迷うのを確認する。
姉の夫は美形で、すらっとしていて、知的で、素敵な男性だ。姉のことを愛しているし、その妹である私のことも、家族同然に愛してくれている。ただ、その心は、姉とそっくりの私の、見られることを意識した笑みの前で、動揺する。彼のために選んだ化粧、服、仕草、言葉を、大事に丁寧に開いていくのは、正直なところ、面白くもなんともない。でも。
私と彼が談笑しているとき、姉の、その美しい唇の端に、微かに走る引き攣りを見るとき、私の心は暗い喜びで満たされる。私を抜きにした幸福の絶頂で、いやでも私を意識せざるを得ない姉が、愛おしくてたまらない。
だから、唇に紅を置く。姉が贈ってくれた、大切な色を。鏡の向こうから微笑む私は、今日もやはり、姉に似ている。
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