キリ

 多くの国民を『神』という妄想によってたぶらかしたとされ、投獄されたその男は、斬首刑を言い渡された。処刑人である私がそれを担当することになり、多くの国民、そして王侯貴族が集まる大広場にて、衆目の中で、刑は実行された。

 男の首は確かに斬れた。何人もの死刑囚を葬ってきた私の腕も、刃物も、決して鈍ってはいなかった。男の首は、被った袋とともに血に落ちた。むんと鉄の匂いが立ち込め、残った胴体ともども派手に飛沫を立て、その血液は辺りを染めた。

 だが、人々の熱狂の冷めやらぬうちに、男の斬られた首元から、もりもりと肉が盛り上がってくるのが見えた。死体に寄生していた虫の類が列をなして逃げ出していくのは何度も見たことがあるが、流石に肉が盛り上がるのは初めて見た。思わず固唾を飲んで見守っていると、その肉の塊は、今斬り落とした男の、頭になった。

 広間中がしんとした。誰ひとり、今目にした光景の意味を理解できなかった。たった今、死んだ男の、失われた首が、頭が生えてきた、ということは、事実だとしても認められるものではなかった。

 だから、私は手に張り付いていた刃物を再びふるった。気持ちの悪い害虫を目にしたとき、とにかく始末しておかなくてはいけない気になる、あのときの興奮に、そのときの気持ちはよく似ていた。

 今度は袋はない。威勢よく吹き上げた赤が、私の全身を染めていく。静まり返っていた広間は、息を吹き返したようにざわめき始めた。先ほどのは何かの間違い、ひょっとするとパフォーマンスだったのかもしれない、という安堵の気配が感じられた。

 が、しかし。男の首が、また生えてきた。しかも、その唇がわななき、開こうとするのが、私にはわかった。何を言うにせよ、そんなことが許されるはずがない。

 そうして、私は三たび、獲物を持った手を高く振り上げた。先ほどと同じ光景が繰り広げられ、呆然とする私の前で、男の首が、また生えてきた。

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