アザミ
アザミ様に触れてはいけない。
私たち村の子どもは、大人からそう言い渡されて育つ。アザミ様は村に代々伝わる特殊な血統の巫女様で、私たちのような一般の人間が接して良い存在ではなかった。長い黒髪を背に垂らし、神聖なお社をしずしずと歩くアザミ様はとても美しく、スマホもパソコンも普及したこの現代には、およそ似つかわしくない神秘を感じさせた。
現代に似つかわしくないのは、その育ち方もだ。アザミ様は、義務教育すら受けていない。村全体がそれを容認しているから、誰も宮司様方を悪く言ったりしない。なんでもアザミ様はお社の中で、特別な教育を受けていらっしゃるとか聞く。村の有事の際に神託を授かるという重大な役を負う巫女様だから、そういうものなのだと、誰もが信じている。
でも、それはおかしい。
何も知らない子どもならまだしも、私はもう高校生だ。政治も日本史も経済も学んで、基礎的な法律についての知識は身についている。義務教育を受けさせないなんて、しかもそれを村ぐるみで容認しているなんて、おかしい。
けれど、そんなことを思う私の方が変な顔をされるのが、この村だ。同い年のアザミ様のことをこんなに気にかけているのも私くらいだ。だから逆に、アザミ様がひとりで佇んでいるところには、簡単に近づくことができた。
「アザミ様」
呼びかけに、アザミ様は静かに振り返った。恐らくご両親以外から話しかけられたこともないのだろう、大きな瞳が驚きに開かれる。その頰には、まだ乾ききらない、涙の跡。
私は思わず、彼女の細すぎる腕をとった。その温かさに触れた。
「ーーーー」
声を上げることもなく、その均整のとれた肢体は、崩れ去った。白と黒の花弁として舞った。
彼女を縛っていた全ての物事は、彼女自身を守るためのものだったのだと、風が全てを攫ってしまってから、気が付いた。
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