ストロベリーキャンドル

 美しい少女が、体を軋ませながら、私に向かって胸を開く。それはまったく、言葉通りに。

 素っ気なさすら感じられる白いワンピースの前ボタンは外れ、その下に覗く、布地より白く肋の浮いた胸の、中央に両手の指をかけて、その『内部』を晒している。

 暗く寒い穴の中には、錆び付いた蝋燭立がある。

 火力人形、という物が、少し昔に流行した。文字通り、体内に炎を灯すことで内部の空気が膨張、絡繰が発動する、自動人形のことだ。現代のように電力が普及する前に発明され、国内で大流行した。絡繰人形は他にもたくさんの種類があったが、火力人形は専ら人の形をし、人の側に置かれた。人々は火力人形を召使として愛し、大切に扱った。

 しかし、すぐに電力が国内にやって来た。絡繰に火など灯す必要はなくなり、火力人形も瞬く間に打ち捨てられ、骨董品になった。

 目の前の少女も、ソレなのだ。

 亡くなった祖父の遺品を整理していたら目の前に現れ、恐らく祖父が死ぬ間際に灯したのだろう蝋燭の力で、こうしてぼくに胸を開いているのだ。

 維持費ばかりがかかるアンティークを、引き取る余裕はない。けれどもどうしても放っておけなくて、ぼくは祖父の抽斗から蝋燭とマッチを探し出し、彼女の内部に安置した。途端、冷たく無機質だったその肌に、赤みが差した。白いばかりだった頬は薔薇色に、唇もほんのりと紅く染まる。

 そして、まだその肩にかけていたぼくの手は、温度を感じた。人の温度……火力人形が一時とは言え人々の愛情を独占した理由が、そのとき分かった。目の前にいるのが本当に人形なのか、自信が持てなくなってゆく。

 少女の小さな唇が開き、そこから世にも妙なる歌が流れ出た。祖父の故郷の、子守唄だった。そしてそれは即ち、ぼくにとっても懐かしい調べだった。

 祖父の膝の上で眠った幼時を思い出しながら、ぼくはいつまでもそこに立ち尽くしていた。

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