ラッパスイセン
教授の研究室は大学の、広くて綺麗な校舎の隅の、殆ど日の当たらない、奥まったところにあった。ゼミで課されたレポートの参考文献が図書館ではちっとも見当たらないことを口実に、私はよくその部屋へ通った。
研究室の扉はいつもしっかりとは閉まっておらず、そっと押すだけで簡単に開いてしまう。ノックをする意味も感じられないほど、教授は足音に敏感だった。
「やあ、よく来たね」
ふわりと笑いながら出迎えてくれる教授は、いつも美味しいココアをご馳走してくれた。自身は飲まないはずなのに。
「この本が見つからなくて」
教授はちらりと書籍リストを見ただけで、目当ての本をたちまち本棚から引き抜き、差し出してくれる。用事が毎回あまりに早く終わってしまうので、私はその前の講義で気になったことをでっち上げて、会話の糸口にしたものだ。何事にも敏感な教授はきっと気がついていただろうけれど、そんな素振りも見せずに、私の話に付き合ってくれた。専門分野以外のことにも造詣の深い教授との会話は、他の誰と話すよりも楽しかった。
卒業の日、教授は謝恩会には来なかった。理由は明白だ、彼はあの校舎から離れられないのだ。大学が創立して間もない頃、その創立者が、学生をずっと見守っていたいからと、自身の脳を実験台にして作った、世界初のアンドロイドが彼だ。あの大学に最初からいて、そして最後までいるように作られている。彼の中には知識と、研究に関する経験と、教育への情熱がある。だから逆に言えば、学生でない者には関与しない。
最初から報われない思いだとは知っていた。けれどやっぱり悔しくて、私は研究助手として、今でも教授の側で働いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます