ワックスフラワー

 その生物には何の取り柄もなかった。

 鳥のように羽ばたいて空を飛ぶこともできない。魚のように水中を泳ぎ回ることもできない。数多の陸生動物たちのように駆け回ることも、植物のように酸素を吐き出すことも、単純な動作も複雑な思考もできなかった。他の何からも美しいと評されることがなく、捕食の対象にすらならなかった。

 その生物自身も、自分がどうして生まれたのか分からなかった。自分に何の取り柄もないことが分かっていたから、生まれなくても良かったのにと思った。それでも、ただなんとなく生きていた。生きていれば、ひょっとしたら取り柄が見つかるのではないかという小さな希望を抱いて。

 孤独な生物は長いことどこにも行けず、誰からも見向きもされないままだった。ある日そこへ通りがかった一人の人間が、その生物を目にした。他のどの生物とも違うそれに興味を持った人間は、持ち帰って研究を行った。自発的に何もすることのできないその生物は、しかし適切な刺激を与えれば、長年、不治の病とされてきた病気の特効薬となる成分を放出することが分かった。しかも、その生物に、刺激による負の影響は皆無だ。

 何の取り柄もないと思われていた生物は、かくして人類の救世主となった。

 今は自分を大事にしてくれる人間の研究室で、幸せそうに眠っている。

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