セントポーリア

 世界は正方形をしている。その正方形の外から、私に必要なものがやって来る。白く清潔なドレスを手にしたメイドや、美味しい食事を運んで来る給仕。そして一日に一度、お父様も。

 高い所にある窓から太陽が消え、代わりに月が昇ってくる頃、世界の外から、お父様がやって来る。優しい目で微笑んで、私の頭を撫でてくれる。

「やあ、お姫様。今日も元気にしていたかい」

「はい、お父様。今日は一日、ご本を読んで過ごしましたの。お父様もお元気そうで嬉しいですわ」

 お父様は、月が空の真ん中に来る頃まで、私と一緒に過ごしてくれる。眠りにつくまで、ベッドの側で見ていてくださる。

 世界は正方形で、私は満ち足りている。お父様は世界の王で、私は世界の姫なのだ。でも、世界の外には何があるのだろう。お父様や他の人たちは、全て外からやって来る。

「お父様、この世界の外には、何があるの」

 世界の切れ目から現れたお父様に、そう尋ねたことがある。お父様はいつもと変わらない笑顔で私を抱き上げ、頬擦りしながら教えてくれた。

「何も。何もないんだよ、バイオレット。君にはここしかないんだ。ここが世界なんだから」

 お父様がそう言うなら、そうなのだろう。白い壁に囲まれた、清潔な世界。私の腕には私に必要な管が伸び、苦しくなってもすぐに誰かが駆けつけてくれる。欲しい物は特にないけれど、望めば、お父様が持って来てくださる。

 絵本に描かれているものは全て、想像の世界なのだ。姫である私のために、お父様が命じて作らせたのだ。

 だから泣かないで、お父様。私は世界の姫なのだから。ここが私の、世界なのだから。

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