パンジー(紫)

 その日は現政権に不満を持つ若者たちのグループに接近し、武器の仲買人を紹介するという簡単な仕事を終えたら、もうすることは無かった。屈強な外国人の装いを解いて、ここ数世紀はこれで通している、気に入りの姿に戻る。黒の革ジャケットに細身の黒いパンツ、ジャケットと揃いの革靴。ようやく落ち着いた気分になって、ついでに人々の心に悪徳の種でも吹き込んでおこうかと街をぶらついていると、その花が目に入った。街の中心部、噴水を囲むように設置された花壇の中に咲く、小さな、紫色のパンジーだ。

「愛の使者、か」

 俺のような悪魔とは、正反対の花言葉だ。

 そう言えば、パンジーにはそれこそ、俺とは相容れない存在に関する伝説があった。天使が真実の愛を人々に伝えるため、自らの面影を花に移したという……。

 ああ、だから、この花が気になったのか。

 自分の中で順序が転倒していたことに気がつき、苦笑する。

「……ごめんな」

 罪なき花に呟いて、高貴とされる色を手折る。西欧の人間にはどうも感じにくいらしい、微かな香りを嗅ぎながら、その花弁に口づける。

 胸のうちに、一人の天使を思い浮かべながら。

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