モクレン

 最古の人間といわれる生き物が、ぼくたちの街にはいる。なんでも一億年前から変わらぬ姿で生きているんだそうだ。科学とかいう失われた技術が最も発達した頃に、彼は細胞が何度でも若返るようになる手術を受けて、それでそんなにも長命なのだそうだ。では、なぜ彼の他には一億年前からの生き残りはいないのか? それは、細胞がいくら若返るとしても、天災や戦争によって命を失うことは普通にあるからだ。それで他の人間達は、死んだり、変動する環境に適応したりし、その結果、今のぼくらのような姿に落ち着いた。一億年前の人間たちとぼくらとは、元が同じだとはとても思えないほどに違っている。指が五本もあったとか、ちょっと信じられない。

 そして今日が、その最古の人間を直に見られる日だ。最古の人間は今や世界的に保護されていて、限られた人しか、会うことも見ることもできない。けれど、どの国の人間でも、成人する日には特別に、彼に会うことが許されるのだ。多くの若者が、その日を楽しみにしている。今、ぼくらが多少なりとも「文明的」な生活をできているのは、一億年前の知識を持っている彼のお陰だからだ。昔、彼を見たという大人たちは皆、口を揃えて言う。「あれは神だ」。

 多くの若者達と共に、大きなホールに入って行く。分厚い透明の板越しに、最古の人間が座っているのが見えた。話に聞いた通り、丸くて小さな頭が、細い首の上に載っている。手足も細長くて、指が本当に五本ある! 彼はゆっくりと首を動かして、ぼくたちを眺めた。それに伴って、聞いたことのない不思議な音がした。ガタン、ギシギシ、キィーッ、ピーッ。

 彼はそれから、彼が生きていた時代の話をしてくれた。他の動物の力を借りずとも動く車だとか、遠く離れた人と会話できる機械だとか、夢みたいな話を。

 ぼくらはぼーっとしながらホールを出て、家路に着いた。あれは本当に神だ。あんな知識を持ったまま一億年も生きているなんて。

 しかし、それにしても不思議なことがある。

 昔の人間というのは、あんな風に硬質で、全身銀色に光っていたのだろうか。

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