スミレ(紫)
黒板の周りを、色鮮やかな熱帯魚が泳いでいく。日本史の先生の後頭部に突き刺さって、そのまま向こう側からターンして戻って来る。静まり返った教室の中で、先生の声が泡になって弾け、海藻が張り付いた机に向かって、クラスメイト達がノートを取っている。
ああ、またコレか。最近、海が多いな。
寄って来た魚をシャーペンで軽く払って、私もノートに向かう。ノートは濡れてもいないし、私の呼吸も苦しくなどない。この海は、私の夢だ。白昼夢、というらしい。言葉は知っていたけれど、実際、こんなにハッキリと見えるものだとは思っていなかった。
目の前の景色が、ふと気づくと非現実的な世界に侵食されるようになったのは、この学校に編入してきてからだ。父の仕事の都合で仕方なく、全く縁のなかったこの地域にやって来たので、ストレスが大きいのだろうと医者には言われた。確かにストレスは大きい、それは言えてる。
授業はいつの間にか終わっていたようだ。チャイムの音も泡のように変わってしまうので、気付かなかった。教科書やノートをしまっていると、机に影が落ちた。顔を上げて見ると、醜い半魚人が三人、私の机を取り囲むようにして立っていた。
「ちょっと$€○*××、キャハハハハ」
「☆♪#*だよね¥¥$」
どこか聞き覚えのある甲高い声で、半魚人たちが笑う。でもこれは白昼夢だ、私の夢だ。だから私はそれらを無視して、次の授業の準備を始めた。
「シカト○*$€€、アア?」
一人の半魚人に手を捻られて、ちょっと腹が立った。ただの白昼夢の癖に、こんなに痛いことするなんて。
ムカツク。
捻られなかった方の手に握ったままだったシャーペンを、半魚人の首元目掛けて突き刺した。姿同様醜い悲鳴を上げて、それは崩れ落ちる。はは、夢の癖にでしゃばるから。勢いは大事だ。パニック状態の残り二体も、取り出したカッターで切りつける。
夢の癖に、夢の癖に、夢の癖に。
遠くで喧騒の気配がするけれど、多分気のせいだ。だってこれは私の白昼夢なんだから。
それにしてもこの夢、まだ覚めないのかな。
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