ハエマンサス
マユ君の家はここら一帯の地主で、先祖の代から裕福だったらしい。ぼくは物心ついてからというもの、マユ君には逆らうな、機嫌を損ねるんじゃない、と親から言いつけられてきた。祖父の代では、マユ君の家に米を納めなかった農家の田地が一晩で水を絶たれ、村八分にされ、虐め抜かれたと言う。そんな話を聞かされてきたから、いざマユ君に会ってみると拍子抜けしてしまった。
「ぼくん家の話を聞いてるんだろ」
小さな学校の、十数名しか使わない教室の隅っこで、マユ君は呟いた。入学早々、変に気を遣われるか露骨に避けられるかという対応ばかりされてきたマユ君は、中立的な立ち位置にいようと決めたぼくにだけ気軽に口をきくようになった。ぼくとしては、マユ君の取り巻きになりたいのかという視線を感じるので、そんなに彼と仲良くしたい訳でもなかったのだけれど。
「うん、聞いてるよ」
鬼か畜生のような扱われ方だよ、とは言わない。言葉にしなくても、頭の良いマユ君はそのくらい分かっているだろう。
「ぼくん家のお金は汚れてるんだ。昔からここに住んでたってだけで他の人を虐めて、集めたお金でまた虐めて。人の血を吸って生きてきたようなもんだよ。ダニみたいなもんだよ」
ああ、マユ君は泣いているんだな、と思った。涙は見せないし、声は揺れないし、そんな素振りは全く見せないけれど。
「ぼくは早く大きくなって、こんな村、出て行ってやるんだ。人の血を吸って、生きてなんていきたくない」
マユ君なら出来るよ、なんてことは言わない。彼は励ましが欲しい訳じゃない。彼が泣いているのは、その血のおかげで自分が生まれてこられたことも分かっているからだ。本当に聡明で、そしてなんて不器用なんだろう。
だからぼくに出来ることは、彼が欲しがるような言葉ではなく、ぼくの思いを言うことだ。きっとそれが、彼がぼくに心を開く理由だろうから。
「人の血を吸わないで生きていける人なんていないよ。せめてその血を、人に返せるように生きていくしかないんじゃないかな」
どうせ皆、ダニなんだ。
ぼくが声にしなかった言葉も、マユ君には届いた。ぼくらはもう何も言わず、沈む夕日をずっと眺めていた。
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