ランタナ

 案の定、男は私を待っていた。退屈そうに街路樹に寄りかかっていたが、私を見つけると嬉しそうに笑った。

「よう、ボスの機嫌はどうだった」

「最悪だよ。こんな時世だからな、仕方ないさ。それにしても何の用だ」

 じろりと睨むと、男は肩を竦めて苦笑いした。蛇のような奇妙な目が、半月型に細められる。

「久しぶりに友人に会いに来ただけだろ。何か問題でも?」

「大有りだ。私は天使でお前は悪魔。友人になった覚えは無い」

「友人がダメなら、何なら良いんだ? なあ、俺とお前の仲は、何て表現すれば?」

 男は黒革のジャケットに包まれた細い腕を、私の肩に回す。男が纏う邪な空気が静電気のように私の首筋を刺し、ぞくりとする。

「なあ、俺に会えて嬉しいんだろ?」

 耳元で二股に分かれた舌が動き、囁く。顔を寄せられ、その吐息を感じると、何も言えなくなってしまう。

 天使は嘘をつけないことを、こいつは知っている。

「俺はお前のこと好きだぜ……なんて言っても、悪魔は嘘をつけるから、信じないかもしれないが」

 くくくと笑う男の腕を、振り解くことも出来ない。

 私の翼が黒く染まる日も近いだろう。けれど、私はそれに、微かな喜びすら感じつつある。男と同じ色に染まるのなら、それはそれで、悪くない。

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