クレマチス

 冷たい向い風に、旅人は身を縮めた。この地方に来るのは初めてだが、話に聞いていた通りに寒い。前の村で手に入れた外套の襟を合わせながら、足を早める。種を蒔くのに適した地を探さなくてはいけない。

 数時間歩き続けて、ようやく清浄な大地を見つけた。旅人は腰につけたポーチから慎重に包みを取り出し、数粒の黒い種を摘み、地面に埋めた。

「これで良し」

 満面の笑みを浮かべ、再び歩き出す。これまでの経験から獲得した勘が見事に働き、数分で、噂に聞いていた集落が見つかった。

 村人の歓待を受けた旅人は、宴の席で、これまでの旅の話をする。荒廃した大地、変質して生命を溶かし尽くす海、人を拒む険しい岩山……。

「でも、旅人さんはそういう所に種を蒔いてきたんでしょ」

 村長の孫だという、小さな女の子が尋ねる。

「そうだよ。この星に再び緑を根付かせるために、ぼくらは旅をしているのさ」

 それは、気の遠くなるような話だ。長いこと汚染された大地で、植物などというものを殆ど目にすることも無く生きてきた人たちからは、夢物語だとも言われた。しかし、それでも、旅人たちは諦めない。

「きっといつか、夢は現実になる」

 遠くを見つめながら、旅人は言う。

「ぼくらは未来に向けて、種を蒔いているんだ」

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