テロペア・スペキオシッシマ
ごちゃごちゃとした人混みの中をかき分けながら、私はとにかく赤色を探した。目当ての人間の「顔」を探すよりも、そうした方が余程、手っ取り早いのだ。少し眺めると、すぐに見つかった。とにかく赤い。頭も服も、靴も鞄も、メイクも少し赤みがかっている。
遠目でも、彼女が群衆の注目を集めていることがわかった。身長一九〇センチでメリハリのあるスタイルというだけでも人目を引くのに、彼女は顔立ちもキリッとした美人で、毛先に行くに従って青っぽく染めた長髪もかなり目立つ。彼女のことを知らなければ、私も雑誌か何かの撮影かと思っていただろう。
「ワラタちゃん!」
赤づくめのワラタちゃんはびくっと肩をすくめ、私を見つけてはにかむように笑った。
「良かった、無事会えたね」
「ワラタちゃんの方から私を見つけるのは大変だろうけど、私がワラタちゃんを見つけるのは楽だよ」
「え、そうなの」
どうして、と不思議そうに首を傾げるワラタちゃんは、自分が目立つことに気がついていない。彼女は大人しい性格で、目立ちたいなどとは思っていないのだ。ただ赤が好きで、好きな色を身につけているだけ。そんな彼女が、私は好きだ。
「でも、先生は貴重な休日を私なんかと会うのに費やして良いの」
ワラタちゃんは、おどおどと尋ねる。
「良いどころか、ワラタちゃんに会えるのが楽しみで仕事してるようなもんだからね」
「そ、そうなんだ。嬉しいな」
どこにいても目立つ彼女はその実、静かな図書館に勤務する真面目な司書で、彼女の隣では存在自体が霞む私は、売れっ子の写真家だ。変な組み合わせだとは思うが、彼女を見かけてからというもの、創作意欲が沸き続けてくるのだから仕方がない。そのスタイルは勿論だが、ワラタちゃんは、性格や挙動も含めて、希有な人材だ。
「先生、手、繋ごう」
「……ん」
全く無邪気に差し出される手を握るのに、少し躊躇してしまう。けれど、その温度に触れると、また新しい世界を覗ける気がするのだ。
良い大人が二人して、手を繋いで雑踏を走る。下手をすると、私はワラタちゃんの小さな妹のように見えるかもしれない。
楽しげなワラタちゃんの横顔と、繋いだ手を、まずは撮った。
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