アカンサス

 ハザミ君は宇宙から来た留学生だ。地球が他の星との交流を始めるようになって数十年、留学生の受け入れを始めたのが半年前で、ハザミ君はその第一号なのだ。

「うわぁ〜っ! この茶碗、シブい! ワビサビ!」

 見た目はほぼ地球人と変わらず、地球人視点ではモデル並みにルックスの良いハザミ君だが、一たび口を開くとこのように、感嘆符に次ぐ感嘆符、感嘆符の嵐に閉じ込められた気になってしまう。

 今、彼が抱えているのはウチの茶碗だ。何てことはない、昔に祖父がスーパーの骨董市で購入した、二束三文の品だ。しかしハザミ君にとって、地球の物はどれも興味深いらしい。大した物はないはずのウチに来る度、目を輝かせて手当たり次第に物色している。

「うわぁ〜っ! これは何ですか!」

 彼が指差しているのは、私の甥が描いた、私の似顔絵だった。説明してあげると、ハザミ君は紙の表面を撫で回し、挙げ句の果てには舌を出して舐めそうになったので慌てて止めた。

 聞くところによると、ハザミ君の星には芸術というものは無いらしい。およそ意匠という概念にも乏しく実用一辺倒な道具に囲まれて育った彼は、地球に溢れる芸術を摂取しにやって来た。それを考えれば、彼が見る物全てに感嘆の声を上げるのも、当然と言えよう。

「ハザミは、星に帰ったら地球の芸術を伝えたいと思ってます!」

 と言って世界中を周遊したハザミ君は、やがて一年の留学期間を終えて、故郷へ帰って行った。彼が収集した地球中の芸術に関する莫大なデータは、彼の星に新しい文化をもたらしたと言う。そして暫くの間、住人たちは新しい文化の到来を楽しんだらしい。しかし程なくして、その星の経済壊滅の報せが、地球に届いた。

「みんな、ハザミみたいに芸術を楽しみました。ハザミの星に住む人はみんな、ハザミみたいな人なんです。だから……だから、経済のことを考える人がいなくなって、ハザミの星は破綻しました」

 追われるようにして星から逃げ出したハザミ君は、そんな訳でウチにいる。彼の後に地球にやって来た他星人の留学生たちも、似たような経緯で地球に出戻ることが多いそうだ。

『地球の娯楽は他星の破滅』という言葉が、宇宙に広まりつつあるという話だ。

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