ゼラニウム
私とあなたは他人だった。あなたが死んだ今でも、それは変わらない。
あなたは、私が勤める店の常連客だった。いつも決まった席に座り、いつも決まったメニューを頼み、いつも決まって、配膳に立つ私に微笑んだ。
春は桜の花びらを伴い、夏は潮の気配を纏い、秋はコートに美しい紅葉をつけ、冬には髪の毛の先を綺麗な六花で飾って。変わりばえのしない生活の中で、あなただけが私の季節だった。
あなたは必要以上の言葉を使わなかったし、私も必要以上の言葉を欲さなかった。ただあなたは店に来て、私は立ち働いた。
あなたが死んだと、あなたのご友人から報された時、私はやはりいつものように店にいた。随分と長いこといらっしゃらないと思っていました、と言う自分の声が、やけに大きく響いたのを覚えている。ご友人は、あなたの遺品から、投函されずに仕舞われた手紙の束を見つけたと言った。そこに私への想いが綴られていたと。
けれども、やはり私とあなたは他人だ。料理と飲み物の名前と、決まりきった謝辞だけが、私とあなたの間に交わされた、言葉の全てだ。
私の手元に、ご友人から渡された、あなたの手紙がある。読まないで、焼いてしまうつもりだ。私とあなたは他人だったのだから。他人の死など、悲しくないのだから。
私は、あなたの愛を信じない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます