ゼラニウム

 私とあなたは他人だった。あなたが死んだ今でも、それは変わらない。

 あなたは、私が勤める店の常連客だった。いつも決まった席に座り、いつも決まったメニューを頼み、いつも決まって、配膳に立つ私に微笑んだ。

 春は桜の花びらを伴い、夏は潮の気配を纏い、秋はコートに美しい紅葉をつけ、冬には髪の毛の先を綺麗な六花で飾って。変わりばえのしない生活の中で、あなただけが私の季節だった。

 あなたは必要以上の言葉を使わなかったし、私も必要以上の言葉を欲さなかった。ただあなたは店に来て、私は立ち働いた。

 あなたが死んだと、あなたのご友人から報された時、私はやはりいつものように店にいた。随分と長いこといらっしゃらないと思っていました、と言う自分の声が、やけに大きく響いたのを覚えている。ご友人は、あなたの遺品から、投函されずに仕舞われた手紙の束を見つけたと言った。そこに私への想いが綴られていたと。

 けれども、やはり私とあなたは他人だ。料理と飲み物の名前と、決まりきった謝辞だけが、私とあなたの間に交わされた、言葉の全てだ。

 私の手元に、ご友人から渡された、あなたの手紙がある。読まないで、焼いてしまうつもりだ。私とあなたは他人だったのだから。他人の死など、悲しくないのだから。

 私は、あなたの愛を信じない。

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