クジャクアスター

 キダチ課長は、いつもご機嫌だ。

 眼鏡の奥から覗く理知的な眼差しと、隙のないスーツ姿で颯爽と仕事に取り組む姿から受ける印象とは違って、とても穏やかで愛想の良い人だ。おれの入社面接を担当してくれたこともあって毎日何かとお喋りするが、飼い犬の話や映画の話などで、毎回とても盛り上がる。世の中には嫌味や罵声を浴びせてくる上司も多いと聴く中で、おれはかなり運が良いのではないだろうか。

 だから、課長に関する同僚の言葉を聞いた時は、にわかには信じ難かった。

「課長の機嫌? そんなの、いつも最悪だろ」

 肩をすくめる同僚に、おれは食い下がった。

「え、でも……犬を可愛がってるとか、犬が出てくる映画の話とか、……しない?」

「そんな話、したことねーよ。てか、仕事以外の話なんてしてる暇ありませんってオーラばりばりじゃん」

 そうなのだろうか。そう言われれば確かに、仕事中にはそんな話をしたことはなかった。エレベーター内で一緒になった時とか、たまたま同じ地下鉄に乗り合わせた時に、向こうから話しかけてくれて……。

「お前、相当可愛がられてるんだよ。課長に声をかけるのに気後れしないやつなんて、お前以外にいない」

 キッパリ断言されてしまった。

「でも、なんでおれだけなんだろ……。別に仕事で手柄立てたわけでもないし」

 首をひねるおれを少しの間眺めていた同僚は、急にポンと手を打った。

「分かった。似てるんだ」

「は? 何に?」

「犬だよ、犬。なんかこう、全体的な雰囲気がさ。課長、犬が好きなんだろ?」

「いや、絶対違うわ。あの課長がそんな基準で人を選ぶ訳がない」

 そんな会話をして、営業先へ向かった同僚と別れて職場に戻る途中、キダチ課長に声をかけられた。

「お、レオ……ナルド・ダ・ヴィンチを主題にした映画を公開してるんだってな。観たか?」

「それなら、今度観に行こうと思ってました」

 答えながら、おれは先ほどの同僚に拍手を送りたい気分になった。

 課長が飼っている犬の名前は、レオだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る