ホトトギス

 大胆な色遣いに繊細なタッチで、モデルの生きてきた時間をもキャンバスに載せたと評された画家がいた。彼には謎が多く、その死後も、未発表作がどこかに秘蔵されているに違いないと噂された。

 そして今、私の目の前に、画家の空白の時代を知るという女性が、静かに座っている。

「あの人は私を描く時、時を打つものを全て取り払い、別室に置いておきました」

 と、彼女は言った。画家と彼女との間には三十年ほどの歳の差があったが、彼がキャンバスを挟んで彼女と相対する時、そんなものは無いも同然だった。

「あの人は、三年もの間、私だけを描き続けました。あらゆる角度、あらゆるポーズの私を。大変な仕事でしたが、私は幸福でした。偉大な御業に関わっている……いや、それは私抜きでは成立し得ないのだから、それは私の作品と言ってもいいのではないか……そんな気がしたものです」

 小皺が目立ち始めてはいるものの華やかな魅力のある彼女は、偉大な画家との日々を思い出し、ぽっと上気した。

「私の絵を、彼は仕舞い込んだまま出そうとしませんでした。描くことに全てを注ぎ、描いた後にはもう興味が無くなったように覆いをして……。彼は発表する作品としない作品とを明確に分けていましたから、彼が死ぬまで、私の絵はどこにも存在を知られていなかったと思います」

 彼女は机の上で指を組み、それをせわしなく動かした。

「でも、彼は死んでしまった。そこで彼の友人達が遺品整理をすることになったんです。だから」

 だから私が描かれた絵は、全て燃やしてしまいました、と彼女は言った。ちょうど窓から差し込んだ光が、彼女を赤く照らす。

「実は、私も、それらの絵を見たことは無いのです。燃やす時にもキャンバスを伏せたので、いったい彼がどのような色遣い、どのようなタッチで私を描いたのか、分からずじまいなのです」

 私が取材帳にペンを走らせるのをじっと見ながら、彼女は続けた。

「彼しか知らない私の絵。燃やした時に、それは永遠のものとなったのです。そして、そこに描かれていた私も……」

 永遠にあの人だけのものなのです、と、彼女は赤く微笑んだ。

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