ガウラ

 ガラスの少女を買った。硬質で透き通った少女は、その、何かを見つめるような表情を変えることはない。しかし、その瞳の輝きから、生きていることは疑いようがない。

 少女を慎重に部屋に飾り、取扱説明書を開く。

『ガラスなので細心の注意を払って世話すること。特に心は繊細なので、決して傷つけることの無いように』

 その二文を心に刻み、私と少女との生活が始まった。

 少女は何も言わず動きもしない代わりに、感情や考えを直接、私に送ることができた。彼女が楽しい時は、私の感情の中に彼女の楽しいという感情が水絵具のように混ざってきた。彼女が悲しい時は、氷のように冷たい風が、私の胸の中を吹き抜けた。私は彼女に語りかけ、彼女はそれに応えてくれた。静かだったが、賑やかなやりとりでもあった。彼女とのやりとりで私の心はいやでも動かされたが、それはとても快いものだった。

 彼女との生活は、そうして五十年経過した。彼女は買ってきた時から全く変わらないが、代わりに私は随分と歳を取った。最近では身体を起こすのもやっとで、すぐに息が切れてしまう。

 その日の朝、寝台から降りた時に持病の発作が起き、私は床に膝をついた。今までにない長さの発作で、彼女の困惑と心配とが、私の中に流れ込んでくる。砂浜に寄せる荒波のような感情を感じながら、私はどうにか薬を飲んだ。

 彼女の感情を何も感じられなくなっていることに気が付いたのは、人心地ついてからだ。眠っている時でさえ、彼女が夢を見ているという感覚があった程なのに。気になって彼女の様子を見に行って、私は息を呑んだ。

 彼女の胸の部分が何者かに砕かれたかのように割れ、中からルビー色が覗いていた。

『特に心は繊細なので』。

 あの日読んだ説明書の記述が脳内に蘇り、私はルビーの心臓をしっかりと抱きしめた。

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