ゲッカビジン

 病気がちな幼い王子の夜伽は、色の白い美人だった。王子が体調を崩して床に臥す度、彼女は水を張った盥と清潔な布を持って参じ、夜通しその看病にあたった。

 その日も高熱を出して寝込んだ王子は、少し調子が良くなって、側に座る夜伽に話しかけた。

「君は一体、何人いるの」

 妙な質問だったが、夜伽は微笑んで「分かりません」と答えた。鈴を転がすような美しい声だ。

「君……君たちは、なんでいつも違う人なの」

「さあ……理由は知りません。ただ、私たちはこの姿で生まれ、ひと月で死ぬのです」

 そんな人間がいるなんて、王子は聞いたこともなかった。だが、技術の進歩した現代なら、そういうこともあるのかもしれないと思った。

「でも……でも、君たちはみんな違う人だろう。姿は確かに寸分と違わないけれど……でも、ぼくに話しかける口調や眼差しや、寝かしつけてくれるときの仕草は、みんな少しずつ違ったよ」

 夜伽は困ったように微笑みながら、王子の額の布を取り上げて冷たい水に浸けた。硬く絞りながら、小首を傾げて言う。

「誰からもそのような言葉を聴いたことが無かったので……考えたこともありませんでした。王子様は不思議な方ですね」

 不思議なのは君たちの方だ、という言葉を、王子は飲み込んだ。代わりに、美しく、あまりに儚い運命の彼女達に、言ってやりたいことがあった。

「君たちの一生が短いのだとしても、どうか幸せに生きて欲しい」

 夜伽は目を丸くして、それまでの彼女達がついぞ見せることのなかった、心からの微笑を浮かべた。

「ありがとうございます。そのお言葉だけで、私達は幸せですよ」

 その晩以降、王子の看病に当たる夜伽達は、誰もがそれまでよりも幸福そうに見えたと言う。

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