トレニア

 ひらめきは探偵にとって必要不可欠のものである。

 と言うのは私の持論だが、古今東西、ネームバリューのある探偵には、ひらめきを武器にしない者は無い。もちろん前提として地道な聞き込みなどの調査は必要だが、最後に生きてくるのはひらめきだ。

だから、私は毎日ひらめきを鍛える訓練を欠かさない。

「先生、また昼寝ですか」

 聞き込みを終えて事務所に帰ってきた助手が、椅子に寝そべる私を見て呆れたような声を出す。非常に心外である。彼女にはいつも先程の持論を言い聞かせていると言うのに、まだ私の訓練の意味を理解していないらしい。

「先生は良いですよね。最後にひらめけば良いんですもん。その前段階の地道な調査は全部、私任せですもんね」

「嫌味ったらしいのは嫌われるぞ」

「人使いが荒いのも嫌われますよ」

 助手は眼鏡の奥からじとっとした視線を送ってくる。私は渋々起き上がり、調査報告を聞くことにした。


 三日後、事件は無事に解決した。舞台となった孤島の屋敷を後にしながら、助手は船の甲板柵にもたれて言う。

「まさか並行宇宙経由でワープの原理を使って凶器の出し入れを行っていたなんて、先生のひらめきが無かったら誰も気が付きませんでしたよ」

「そうだろうそうだろう。だから常々、訓練を怠るなと言っている」

「いや、あんなの訓練がどうとか言うレベルじゃないですけどね。前の事件でも呪いの有効性を実証して解決に導いたり、その前の事件では重力反転装置の実在を推測したら当たってたとかありましたけど、先生の頭の中ってどうなってるんです」

「さあ……しかし、そのお陰でまた我々人類に、並行宇宙という新たな世界が開けたわけだ。事件を解決するたびに文明レベルが上がっていくのは嬉しいねえ」

 喜ぶところそこですか、という助手のツッコミも、事件解決直後の今は気にならない。

 寝ている間に天啓のように湧いてくるひらめきは、開業以来、衰えるところを知らない。願わくはこの調子で、探偵など不要となるほど、文明が進歩してくれますように。心地よい海風に、そう願った。

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