スカビオサ
ある所に、それはそれは美しい少女がいました。美しい少女の父は悪政を為す地方領主で、毎晩領地の人間を捕まえてきては、いたぶるのが趣味でした。少女は物心ついた時から非道な儀式を目にしていましたから、今更、特に思うところはありません。その晩も、興が乗らない顔で、父が棘の鞭を振るう様を眺めていました。
その日連れてこられたのは一つの家族で、最後に鞭打たれたのは長男でした。際立って目立つようなところは無い男でしたが、痩せた背に赤い稲妻が走るたびに苦悶するその表情に、少女は胸が高鳴るのを感じました。初恋でした。
父に頼んで青年を我がものにした彼女は、最初はごく普通の、ありふれた家庭を築こうとしました。しかし、穏やかな日常の中では、彼にときめくことはありませんでした。本当に青年のことを好きなのかどうか分からなくなってしまうほど、それは退屈な生活でした。
それで、思い至ったのです。自分は、青年が苦しんでいる様に恋したのだということに。けれども、父のように鞭を振るうのは面倒ですし、それで嫌われても困ります。
だから、彼女は毎晩、青年の飲み物に薬を盛り、昏睡した彼の首に手を掛けるようになりました。死なない程度に苦しめられ、歪むその顔に、毎晩、恋しました。
そうして産まれたのがわたしです。不幸な恋、不幸な愛情の結末として、父は死に、母はその死顔を写した絵と共に、牢へ入れられました。わたしは父の家族に引き取られ、時々、母に会いに行きます。
牢の中、美しい母は、今でも父の写し絵を抱き締めて放しません。苦悶に満ちた、彼の最後の輝きに、いつまでも恋してやまないのです。
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