アンスリウム

 不動明王が枕辺に現れた時、私の髪はちりちりと焦げ、嫌な匂いが鼻を刺した。暗がりの中あかあかと火焔を背負い、見る者全てを震え上がらせる憤怒の表情で、不動明王は重々しく告げた。

「我を彫れ、煩悩を払え」

 朝、自分の毛髪の先を確かめて、私は彫刻の道具と材料を一日のうちに揃えた。自分の腹まである大きな木材を抱えるようにして、それまで握ったことのなかった彫刻刀を打ち込んだ。

 最初の三日間、職場からの電話が鳴り続けたが、無視して彫刻を進めた。四日目の朝に上司が外の扉を叩いたが、そんなことに構ってはいられなかった。一週間も経つと解雇通知が届いていたが、私はむしろ嬉しかった。これで一つ、私の煩悩が払われたのだ。

 一月経つと、友人や家族、恋人からの着信が溜まっていった。しかし、そのどれにも、返事はしなかった。不動明王の表層が浮き上がってきた。早く御尊像を掘り出して差し上げなくてはいけない。

 半年目にしてあらゆる公共料金の支払いが滞りだし、一年後には住居を追われた。私はお姿を半ば以上表した不動明王と彫刻刀だけを携えて、河原で寝泊りするようになった。

 家族と友人、恋人が大挙して押し寄せたが、てんで相手にする気になれなかった。完成間近の不動明王のことしか考えたくなかった。こうして、私の煩悩のほぼ全てが洗われた。

 身体がしょっちゅう震え、手に力が入らなくなった。それに比例するように、不動明王のお姿はますます立派になった。最後の火焔光に手を入れた時には、昔、枕辺に立った時のお姿と全く変わりなかった。

 赤く輝く炎に焼かれながら、私は幸福だった。自分という煩悩がこの世から永劫に払われていく、清い喜びが、脳髄を満たしていった。

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