カサブランカ

 知能・身体・遺伝子検査、星間渡航歴、等々のあらゆる検査や調査を2年がかりでどうにかパスし、ようやく「女王」に謁見出来ることになった。

 冷や汗を流しながら、背後でドアの閉まる重い音を聞く。

 通された謁見の間は薄暗い。その中央に、「女王」の姿が見えた。発光服は珍しくもないが、「女王」はその身体の内側から、ほの白い光を発しているようだ。おれの目が慣れきるより前に、彼女の方からこちらへ駆けてくるのが分かった。

「久しぶりのお客様、嬉しい!」

 周りが眩しくなる、明るい声。その姿は、可憐な少女だった。白いドレスを翻して軽やかに笑う彼女は、丁重な挨拶には気もそぞろ、おれの衣服に興味津々だ。それもそうだろう。彼女がここに閉じこもった頃には、気密服も重力靴も存在していなかったのだ。右腕スクリーンに触ろうとする白い指を避けながら、おれは現在この星が置かれている状況を手早く説明した。この星の原住民である「女王」の放つ香りが……厳密にはその成分が、移住民であるおれたちには耐えられない濃度に達しつつあるということを。祖先が移住の際に持ち込んだ動植物も、枯死しかけている。

「女王」はじっと話を聴いていた。その顔を見ていると、続けて言うべき言葉が喉の奥に戻っていく気がする。

「そっか……だから、あなたが来たんだね」

 気密服の中で、おれの体はこわばった。言葉にしなくても、彼女はこの先に待ち受けることを悟ってしまった。抵抗するだろう、拒否するだろう。それに備えて幾つかの武器は携えて来ているし、遺伝的に彼女の香りに耐性のあるおれなら、多少時間が掛かってもどうにかなる筈だ。しかし。

「良いよ、あなたたちがそれで生きられるのなら」

 予想外の言葉に、おれは目をみはった。少女の姿のまま何百年も生き続けてきた花は微笑んだ。その微笑みが、みるみるうちに萎れていく。おれの目の前には、消えかけた白い光の明滅が僅かに残るばかりだった。

 この星の原住民、最初で最後の原住民は、そうして死んでいった。おれたちはその死の上に土をかける。多大なる感謝と、それと同じだけの哀悼をこめて、その土を踏みしめる。

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