カンパニュラ

 大学を出てすぐ一人暮らしを始めた姉は、何で稼いでいるのか知らないが、小さな庭付きの一軒家に住んでいて、ぼくは夏になるとよく遊びに行く。

 Tシャツジーパン、つっかけサンダルといういでたちの姉は今日も庭に出て、見事に咲いた花々に水をやっていた。眩しい日差しに黒髪が映える。

「ホタル君、また来たの。本当にお姉ちゃんのことが好きだねえ」

 にやにや笑い、姉は手に持ったホースをこちらに向ける。

「ちょっ、水かけんなよ! 別に姉ちゃんが好きだから来てるわけじゃないっつうの」

「でも、それも少しはあるでしょう」

 天気予報士のような口ぶりだ。ぼくは構わず、辺りの花に目を向ける。白、黄、赤、桃、黒、紫……形も様々で、目が楽しい。春、次々と芽吹く植物も生命力を感じるし、秋に実りをもたらすのにも感動する。でも、やっぱり夏の植物が一番、いきいきしている。

「ホタル君も植物育てれば。うちの血筋なら絶対上手く出来るよ」

「うちに庭無いの分かってるだろ」

 そんなやりとりをしていると、近くで鈴の鳴る音が聞こえた。りん……りん、という涼やかな音色。

「……風鈴?」

 確かに、すぐ近くから聞こえる。しかし姉の家の軒先には、何も付いていない。

 戸惑うぼくに、姉は悪戯っぽく口元に指を当て、ぼくの膝あたりに視線をおとす。つられて見ると、そこには薄桃色の、風船のような形の花が揺れていた。

 鈴の音は、そこから聞こえていた。

「風鈴草。綺麗な音でしょう」

 姉は得得と言う。植物からこんな音がする筈はないが、姉はそういう風に育てたのだ。胸を張りたくなるのも分かる。

 だからぼくは何も言い返さず、黙ることにした。お喋りな姉も口を閉じ、ぼくたちは暫くの間、耳で涼を取った。

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