カラー

 死んだ従姉妹と結婚してくれと言われた時は、流石のおれも断ろうかと思った。

 なんでも実家の地方の習俗だとかで、未婚の死者には結婚相手を見繕い、葬式と同時に結婚式も挙げるのだそうだ。おれは生まれてすぐ別の県に引っ越したから、そんな習わしがあるのだということも知らなかった。

 従姉妹とはあまり喋ったこともなく、親戚の集まりで会った時も、無口な子という印象しか無かった。おれより歳下で、まだ若いのに死んでしまったのは可哀想だと思う。だからと言って、死んだ人間と結婚するのは全く気が進まない。

 しかし、通夜の直前、叔父さんに殆ど土下座のような勢いで頭を下げられてしまっては、それでも嫌ですなどとは言えなかった。別に書類に残るわけでもない。ただ遺族の気持ちを晴らすためと割り切る他ない。

 そう思い臨んだ通夜は、生憎の雨模様もあって、ひどくしんみりとしていた。弔問客の数もまばらで、ひっそりとした別れの儀という趣がある。

 式の中盤、叔父さんに紹介されて棺の前に立ったおれは、予め渡されていた白い花を、遺体の胸元に置いた。身をかがめた時に鼻をかすめた清浄な香りにくらっとし、棺にとりすがったおれの指は、一瞬、彼女の唇に触れた。その、永劫に静かであるべき口元が、僅かにほころんだ。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 それは、記憶の中にある彼女の声と、同じ声だった。

 そうだ。彼女は昔、その声で、おれに言ったことがある。大きくなったらお兄ちゃんと結婚したい、と。完全に忘れてしまっていた。

 慌てて見直すと、その唇はまた元のように、きっちりと結ばれていた。おれはもう一度、今度はもっと丁寧に、花を置き直してやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る