アサガオ

 就活から帰ってきた彼が、エプロンを付けようとしている私を見て、「料理ならおれがするよ」と言う。

「良いよ良いよ、ケンちゃんは面接と筆記で疲れてるでしょ」

「でも最近、家事任せきりじゃん……悪いよ」

 それでも気にしないでと言い張って、私はさっさと準備に入る。家事なんて私に任せれば良いのだ。

「今日の感触はどうだったの?」

「うん……あまり。やっぱり長いこと定職に就いてなかったから」

「でもケンちゃんのは、夢を追ってたからじゃん。何も悪くないよ」

 鶏肉の焼ける音にまじって、彼が「そうは言ってもさ」と言うのが聞こえた。

「ケンちゃんのことを理解してくれない会社なんて、入る必要無いよ」

 私の言葉に、彼は少し小さくなった声で、同じ言葉を繰り返す。沈黙が続き、私の包丁とフライパンの立てる音だけが響いた。暫くして調理を終え、二人で食卓を囲む。

「悪いと思ってるんだ。ずっと何もかも任せてしまって」

 俯いた彼の表情は、真剣だ。そういうところも好きだと思う。

「何も悪いことなんてないよ。……ねえ、無理して働く必要無いよ。私がこれからも二人分稼ぐから。男が働いて女が家にいるなんて、古い古い。古いの、ケンちゃんも嫌いでしょ」

 ケンちゃんは黙ってしまう。

 でも、私は知っている。彼の心の根は弱い。そういうところも好きなんだ。もっともっと、揺らげば良い。私に全て任せて、私無しでは生きていけなくなれば良い。そうしたら、本当にあなたは私のものになる。

「……そうは言ってもさ」

 ぽつりと呟いた声の震えを隠すように、彼は野菜炒めを口に運んだ。 

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