ギボウシ

 社長お抱えの運転手であるキジさんは地味で静かな中年男性で、滅多に口を開かない。社長がいつでも出かけられるように待機している彼を、車の外で見かけることは少ない。

 とりたてて運転が上手いというわけでもなく愛想もない彼は、平社員であるおれの耳にも入るほど、明らかな陰口を叩かれている。しかし、ある程度の役職に就いている社員たちには逆に一目置かれているところがあった。その温度差が気になりつつも聴ける訳もなく、おれは時折すれ違うキジさんを、さりげなく観察する癖がついてしまった。

 ある日、社屋で見かけたキジさんの様子が、何となく違う気がした。何かいいことでもあったのか。立ち止まって見ていると、彼はトイレへ入って行った。少しして、社長が出てきた。おれは会釈して、それからまた入口を見た。もう誰も出てこなかった。確かめてみると、トイレは空っぽだった。

 キジさんの、ひたすら地味でいようとする在り方と、逆に個性を押し出すために服装や髪型に拘る社長の在り方とが、おれの中で綺麗に重なった。役職者の、キジさんへの態度も合点がいった。

 彼ら二人が完全に誰の目も気にせずいられるのは、きっと車中だけなのだろう。幼い頃からの親友同士だという彼らが悪戯を共有するように笑い合う姿を想像して、おれは少しおかしくなった。

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