アリウム
職場のあるフロアの奥、非常口の手前で、俯いた人が座り込んでいるのを見た、ような気がした。何か深く物思いに沈むように頭を垂れ、膝を抱えて、錆び付いたドアの前に。
あれ、と思ってよく見直したが、誰もいない。ただ昼下がりの重たい空気が停滞しているばかりだ。
次の日も、家を出てすぐの電柱の陰に、同じ姿勢の人を見た、気がした。その次の日も、職場に続く廊下の壁にもたれる人を、見た気がした。だんだんとその姿がハッキリしてきたような気がしたが、不思議と怖くはなかった。ただ、一体何者なのかという疑問ばかりが積もっていく。
そして今日、屋上に続く扉の前で、それは座っていた。今までの中で最もハッキリとした姿のそれは、人では無かった。深い悲しみを湛えた紫色の、小さな花弁の寄り集まった頭部を揺らして、しくしくと泣く、一本の植物だった。
その泣き声を聞いて、私は胸の内が晴れていくのを感じた。目の前の植物は、私の代わりに泣いている。私の代わりに悲しんでいるのだ。
だから私は、屋上に向かうのをやめた。
植物はあれから姿を見せないが、私はあれに似た花を育て始めた。今に小さな花弁が一斉に咲き、紫の頭を重たげに揺らすことだろう。
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