第38話彼は眠りながら授業する
これは、授業が終わってから生徒に聞いた話である。
「先生……立ちながら寝てるよ」
生徒たちは驚きと心配と落胆が混ざった視線を送っていたそうだ。
「でだな、魔術には3種類の発動方があり……」
「すげぇー、寝言で授業してる」
もう、驚きというかネタにしているのだろう。
「……」
「マジで寝たぞ」
セイルは立ち上がって俺の肩を叩いたそうな。
「はぁ……予習するか。ゲソー、この眠りの子羊を保健室に運んできな」
「ちっ! 学年一位だからって偉そうにしやがって」
そんな愚痴を零しながら、ゲソー・カリビアンは俺を片手で持ち上げた。
「……おぉ。前から筋肉質な肉体だと思っていたが、まさかこれほどとは」
セイルは目の前の光景を半信半疑で見ていた。
「武器を使わなかったら俺の方が強いのに……」
そう負け犬の遠吠えを発しながらゲソーは教室を後にした。
これらはあくまで伝聞に過ぎないので話をもっているのかも知れないが、ひとつだけ確かなことがある。
「ゲソー……アイツ、俺に八つ当たりしやがった! ふざけんなよ! なんで東国の伝統文化のハゴイタで負けた時みたいな落書きが俺にされているんだ! それに塩臭せ!」
俺はイカ墨を水道で、流しながら色々とツッコミを入れる。
「まぁまぁ、先生だって八つ当たりするでしょ?」
養護担当のヘンシア先生が俺にお茶を入れながらそう言った。
「八つ当たりはしますけど……」
「じゃあ、同じことです。理不尽な物ですよ。世界っていうのはね」
「あら? 順風満帆のヘンシア先生からそんな拗らせた言葉が聞けるとは」
「なんか、近所のおばさまみたいな口調になってますよ」
「否定はしないです。そんな雰囲気を出したかったのでね」
「そう言ったところなのかな?」
「何がです?」
「年齢に比べて幼く見える点」
お茶が気管に流れ込む。
「ゴホ、ゴホ!」
「大丈夫ですか?」
ヘルシア先生が俺の背中をさすってくれる。
「幼いとは……俺も落ちた物ですね」
「いや、幼いのは性格だけで、ファッションセンスは50代ぐらいのセンスだと生徒が言ってましたよ」
「アイツら……」
俺はこんな日常を送っていたい。淡々と、平和に時間が流れていて欲しい。ノデウスと戦った後だからだろうか、こう強く思った。
「先生?」
「あぁ、すいません。少し黄昏ていました」
「大丈夫ですか?」
「もう落ち着きました」
「いや、むせた話じゃなくて、体調の話です。授業をしながら寝るって普通はありえないんですからね」
「えぇ、踏ん張り過ぎました」
「何してたんですか?」
「教科書を作ってました」
「ん? あぁ、教科書を作ってたんですか……はあ⁉︎」
「えぇ……さすがに実戦だけで魔術が体に染み込まないと改めて感じたので」
「既存の教科書を使えばいいのに」
「あれは……難し過ぎです」
「そんなんですか?」
「えぇ……後、魔術の発動方に『瞬行クイック』しか含まれていないという点もマイナスポイントです」
「へぇー」
ヘルシアの棒読みな返答を聞いて俺は下を向く。
「興味ないなら、聞かなければよかったのに」
「まぁ、病人の状況を知るのが私の業務ですから」
ヘルシアはニッコリと笑った。
「よいしょ! じゃあ、教室に戻ります」
「その前に、動かないで下さいね」
「はい?」
俺が首を傾げた瞬間に、目の前にタオルが湯気を飛ばしながら飛んできた。
「うっ! 熱っつぅ!」
「カツを入れて差し上げます。後、それでイカ墨を洗い流してから帰らないと馬鹿にされますよ」
「熱いですよ! 何考えてるんですか。まぁ、気遣いには感謝しますけど」
俺はそう言いながらタオルを返す。
「じゃあ、俺はここぐらいで」
「えぇ、午後からの授業も頑張って下さいね」
俺は彼女に一礼して保健室を後にした。
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