名のない星

@chauchau

背に祈る


「くださいな」


 古ぼけた金貨に刻まれた蝸牛と目が合った。

 行き交う人の群れを見つめていた私の脳が声に揺れる。


 全く以て


「くださいな?」


 反吐が出る。


「一度で事足りる」


「ならすぐ返事してよ」


 奪い取った金貨は至る所が擦り切れており、本来の価値を如何ほどまで残しているものか。もはや、硬貨の形をした小さな金と言ったほうが正しいか。


「粗悪品ばかり寄越しやがって」


「溶かせば良いじゃん」


「竿竹で打たれてしまえ」


 貨幣を弄れば重罪となる。たとえ、綺羅星が地に落ちた威厳なき王国だとしてもだ。


「これさ。もう少し味がどうにかならない? 飲むとき別の意味で死にそうなんだけど」


「腕をあげろ」


「どうせすぐに怪我をするへっぽこですよ!」


 怒りながら笑う器用な少年が、私の手から薬を受け取って駆けていく。今日も彼は賭けるのだろう。生きる糧のために自身の命を。


 勝ち続けることは、


「死んだってよ、あのガキ」


 難しい。


「中身は自分で確認しろ」


 頼んでいた乾燥海星の見返りは、幾ばくかの金貨袋。命の対価に相応しいかなんて考えてはいけない。


「少しは気にする素振りをみせろよ」


「相手を見て物を言え」


「落とし穴に落ちて地面に立ててあった槍で串刺しだとさ。一瞬なら幸せなほうか」


 依頼人と冒険者を繋ぐのは依頼と報酬。

 受け渡しが終わればそこに関係性などありはしないのに。仏頂面の男が隣に座られると営業妨害もはだはだしい。


「素直で良い奴だったんだが……、そういう奴から死んでいくよな」


「ならお前は死なない。良かったな」


「超一流の冒険者にお使い頼んでおいて、よくもまぁそんな口がきけるな」


「報酬は出している」


「格安でな」


 こいつがそばに居ると、人は増えても客が減る。なにより不快なのは、女性からの嫉妬を帯びた視線が集まることだ。


「同期のよしみじゃなかったら受けてねえんだぞ、ちょっとは感謝しろ」


「誰も同期だと言った覚えはない」


 たまたま、彼が冒険者と成った日と私が露店を始めた日が重なった。それだけのこと。


「あれ? もう店じまいか? 早くね?」


「誰ぞのせいでな」


 命は軽い。

 今日もどこかで誰かが死ぬ。


 誰もが英雄と成れるわけじゃない。そのほとんどがのろまと馬鹿にされることすらされずに無意味に死んでいく。


「じゃあ付き合えよ。あいつの弔い酒だ」


 懐も温まったしな。

 笑いながら彼は袋から金貨を取り出した。真新しい金貨は蝸牛の模様がはっきりと見て取れた。


「その程度で温まるだと?」


「お前いっぺんきっちり話つけたろか!?」

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