第29話 普通じゃない世界

「もう行ってしまうのか」


 小さなビョードーが名残り惜しそうにリュウ達を見つめる。

 リュウとヒナとヨシの3人は新しく書き換えられた世界を満喫し、元の世界に帰るべく神社に来たのだった。


「うん。この世界も満喫したし、母さん達も心配してるかもしれないし、元の世界に戻らないとな」

「そうだよね。ここの時間とあっちの時間がどうなってるかはわからないけど」

「浦島太郎みたいな状態だったらどうする?」

「えぇ!? そ、それは困るな……」


 そんなこと考えもつかなかったリュウは、ヒナの言葉に震えた。


「大丈夫じゃ。確かこっちの時間の方が早く過ぎたはずだからな」

「そうなの? はぁ、よかったぁ……」


 小さなビョードーの言葉にリュウはホッとする。

 元の世界に戻ったら誰もいないなど、考えただけでも恐ろしかった。


「とはいえ、あんまりゆっくりもしてられないだろうね。どれくらい時間差があるのかわからないし」

「確かに! あーあ、元の世界でも空を飛べたらなぁ」

「ねー! でも元の世界だと飛べないのは残念だけど、元の世界は元の世界なりのいいところがあるしね」

「オレはもう飛ぶのはいいや」


 ヒナとヨシが相変わらず飛べることが楽しかったようでその話で盛り上がるも、リュウはもう空を飛ぶのはお腹いっぱいだった。


「そうか、まぁ……もし縁があればまたこっちの世界に来れるかもしれんしな」

「うん、そうだね。この『普通じゃない世界』ならまた来たいと思うし」


 あれからビョードーは世界をちょっとずつ書き換えて、この世界を「普通じゃない世界」に変えていった。

 それはみんながみんな自由になれる世界であり、全てが均一に平等ではなく、個々人を大事にしつつ、それぞれが相手を思いやれる世界。

 人を書き換えるよりもずっと難しいけれど、もっと有意義な世界にするべく、今一生懸命ビョードーは書き換えのために頑張っているらしい。


「ビョードーも来れたら良かったのにな」

「忙しいからな。世界の書き換えは簡単にはいかぬ。でも、四苦八苦しながらも楽しそうにはしておる。あのときに比べたら、毎日が輝いているようだ」

「そっか」


 小さなビョードーは目を細める。

 ビョードーがいい意味で変わったことが嬉しいのだろう。

 近くで見てたからこそ、元々同じものだったからこそ、この変化に喜んでいるようだった。


「アタシもリュウ達を見送ったらすぐに戻らないと。色々と手伝えとビョードーからせっつかれてるからな」

「そっか、じゃあオレ達もさっさと帰らないとな!」

「うん、小さなビョードーさん。どうもありがとう!」

「本当、小さなビョードーのおかげで私達も帰ることができるわ」

「何を言う。礼を言うのはアタシの方だよ。3人ともどうもありがとう。この普通じゃない世界になったのは3人のおかげじゃ。またいつでも遊びにくるがいい。待ってるぞ」

「「「うん!!」」」


 水溜りの氷の上に3人で乗る。

 そして、「「「元の世界に戻りたい!!」」」と3人で願うと、3人は虹色に輝き、元の世界へと戻るのだった。




 ◇




「いってててて……っ! うわ! もう真っ暗じゃん! 母さんに怒られる!!」

「本当だ! 今日って何日なんだろう……」

「ヨシくん、恐いこと言わないでよ。でももし夏休み終わってたら……」


 3人でそれぞれ震えていると、「こら! あんた達!!」と突然ビリビリと身体中を駆け抜けるような大きな声に「ひゃあ!」と3人で飛び上がった。


「か、母さん!!」

「3人とも何やってたの! みんな心配してたんだからね!!」

「「「ご、ごめんなさい!!」」」

「もう、無事でよかったけど、まだ夏休みも始まる前からハメを外しちゃダメよ!?」

「へ? 夏休みってまだ……?」

「何言ってるのよ、明後日終業式で、そのあとから夏休みでしょ? ちょっと大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」


 心配そうにリュウを覗き込む母。

 その瞳はいつもの黒く綺麗な瞳で、リュウは元の世界に戻れたのだと実感し、ホッとした。


「元の世界に帰って来れたんだ……」

「さっきから何を言ってるの? 本当に熱でもあるんじゃない? それとも変なものでも食べたの?」

「ち、違うよ! なぁ、ヨシ!」

「う、うん! 全然問題ないです! 大丈夫です!」

「あ、でも……変なものって言えばヒナのドロドロチョコレー」

「リュウくん! うるさい!」

「ほらほら、2人は喧嘩しないの。すぐ喧嘩するんだから、もう。とにかく早くみんなおうちに帰るわよ。おうちの人も先生も心配してたんだからね。あとちゃんと、ありがとうとごめんなさいをすること。いい?」

「「「はーい」」」

「全く、そういうときだけ返事がいいんだから」


 リュウの母が苦笑しながらリュウと手を繋ぐ。

 そのとき、夜空にとても大きな大きな花火が打ち上がった。


「あら、綺麗ね。でも、今日って花火大会なんてあったかしら」


 リュウの母がそう言うと、3人はそれぞれ顔を見合わせる。

 そしてこっそりと笑い合うのだった。




 終

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普通じゃない世界 鳥柄ささみ @sasami8816

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