第2話相談時の彼は性格が変わる

高校に進学した僕はここでも、人々の相談役を務めることになった。

新聞部――。

人生相談などを受け付けながら、学校の状況を知る。よく出来た利害関係である。

その部活に入部後、僕は全学年の相談を受ける事となった。

相変わらず、自身の身の程を知らず、一方的に『好き』という感情を押し付けている事情が多く、聞いていてイライラする相談も少々あった。

「これで、相談の予約もひと段落ついたなー」

僕は時計を見る。

まだ時間があるので学校でおこる事例と相談内容を総合的に分析し、自分なりに『好き』を定義付ける事にした。

「他人において一定の興味を抱き、対象を意識たり、気にしてもらうためにイキがった行動をすることが多い」

スラスラとノートにメモをする。

「ふぅーん。急に行動が変わった人間は恋をしている証拠になりうるということか……」

僕は相談室(僕の占領下)を出て新聞部の部長にクラスの状況など、相談相手から入手した情報を報告しに行く事にした。


「ほぅ?クラス同士では第一印象を大事にしているのか?」

新聞部部長の桃山嶺二(ももやまれいじ)先輩が常人離れしたタイピング速度で僕の言うことを記事にしている。

「統計として、そのような結果が出ました。わからなくもないです。人間は第一印象である程度の地位が確率されることもありますからね」

僕は電気ポットに水道水を入れてスイッチを入れた。

「先輩もコーヒー飲みますか?」

「頼む」

棚からインスタントコーヒーを取り出してコップに入れる。

僕はグッと体を伸ばして湯が湧くのを待っている。

「なんかさ、お前の仕事ぶりを見ていると、凄く感じるするぜ。人の相談を受けるのは大変じゃないか?」

嶺二先輩がガチガチとキーボードを叩き打ちしながら僕に質問してくる。

「まぁ、大変って言ったら大変なんでしょうけど……」

カチっとポットのスイッチが切れたのを見てコップにお湯を注いだ。

「どうぞ」

「サンキュー」

僕は熱いコーヒーを飲み干して窓を見る。

(視線?)

僕は窓の方を見る。

(気のせいか?)

念のため僕は窓を開けて周囲を確認する。

「どうした?視線でも感じたか?」

先輩がクスクスと笑いながら僕に尋ねてくる。

「換気です。視線がなんだっていうんです?」

僕は嘘をついた。正直、めちゃくちゃ気味が悪かった。

(世界の調節でもしてそうな不気味さだったなー)

僕は首を傾げながら先輩の作る新聞の誤字脱字の確認作業に入る。

「先輩、打ちミスです。状況が心情の方の、情況になってますよ」

「あー、すまん。このパソコンの自動変換機能はインチキなのかな?」

「いやー、知らないですけど」

僕は椅子から立ち上がって次の相談の予約を確認した。

「ん?先輩!これって何さんだと思います」

僕はスマホに映る不可解な名前を先輩に見せる。

「ん?なんだこれ?1年9組・・・曳鬼宮恐華?」

「『ひきみやきょうか』でしょうか?」

「そんな気がするな。でもさ、名前に【恐】って漢字を入れるか?」

「入れないと思います」

「匿名とか?」

先輩はそう言いながらパソコンで生徒名簿を確認する。

「ダメだ。曳鬼宮恐華(ひきのみやきょうか)。実在する人物だ。『ひきみや』じゃなくて『ひきのみや』だったな」

「それは、どうでも良い事ですよ」

僕はカルテのような物を作成する。

一息ついてスマホを再確認したらまた相談の予約が入っていた。

「誰だ?ゲッ⁉︎氏橋真樹(うじはしまき)だ」

氏橋真樹――。

僕のクラス1年5組の室長で、クラスの嫌われ者。

噂では、放送室で無抵抗の男子のファーストキスを2つ奪っていると言う情報を耳にしたことがある。

「まじかー」

僕はスマホを机の上に置いてため息をつく。

「絶対、めんどくさい」

日頃の疲れが溜まっているのか、僕は淡々と独り言を言い続けた。

「はぁ」

独り言を言い続けた結果、喉が渇いた。

「どこかにお茶のペットボトルがあったはずなんだけど・・・」

僕は周囲を見渡す。

「あ!あった」

僕は棚の上に置いてあったお茶に手をつける。

「げっ!賞味期限切れだ。はぁ、仕方ない。買ってきます」

「いってらっしゃい」

僕はスマホを片手に部室を後にした。


「でねでね、コロちゃんがこう言ったの」

うざい…。

僕は氏橋真樹の中学の頃の話を永遠と聞かされる。

「お前は何しにここに来たんだ…」

僕は彼女の行動源はなんなのか全くわからなかった。

「え…」

彼女は一瞬表情を曇らせる。

「わかった。言わなくていい。もう、わかった。」

彼女の相談依頼の内容…それは彼女の誤解の完全消去…。

「え?待って…私の何がわかるって言うの?」

僕はため息をついて彼女の額に奥義『デコピン』を発動させる。

「ッタ。何すんのさ!マジでありえない」

僕はもう一発の『デコピン』を発動させて彼女の反応もお構いなしに相談を次に進ませる。

「お前なー、人の気遣いぐらい察してくれよ。」

僕はお茶を飲み干しながらそう言った。

「いや、そうじゃなくてさ。なんて言うの?なんであなたは私の相談内容をわかったような口をきくの?」

(なんでそんなに偉そうなんだ!)

僕は首を振る。

「何?」

「僕が今まで何人の相談を受けたと思ってるんだ?」

「いや…知らないんだけど…」

「まぁ、そうだろうな…」

僕は息を吸って自慢げにこう言った。

「お前で25人目だ!」

「大したことないじゃん」

グサリと刺さる声。

「まだな!まぁ、そんなことはどうでも良いんだよね。」

僕はふぅーと息を吐く。

(こいつは無意識に人のことを傷つける系人間か…)

「僕は基本的に汚れ仕事もできる系だ…。それを前提に話すんだけど…どうする?依頼は…君のクラスでのイメージの完全な撤回だろ?」

彼女の顔が曇る。

「そうなの。私…何もしてないのに…」

彼女への嫉妬、彼女の行動からの間接的な屈辱…この2つが彼女を精神的に傷つける理由なのだろう。

さて、推理に入ろう…。

「検討はついてるのか?」

「え?」

「だから、イメージ定着を行った犯人の検討はついてるのか?」

「まぁ…ついている」

僕はそれを聞いてリストに載せる。

「よし、ここまで条件が揃えば…」

僕は彼女にある紙を渡す。

「何これ?」

「僕が直接物事に干渉する時の同意書。まぁ、読んでみて。サインをした時点で僕は行動に移る。」

彼女は紙に視線を落とす。

「なになに?

其の一、今回の干渉で、物事が深刻化した場合は、責任を最後まで取らしていただきます。

其の二、ただし、この干渉が原因でないと判断した場合は責任を取りません」

僕は真樹にペンを渡す。

「どうする?」

彼女はペンを受け取る。

ブルブルと震える真樹…。

僕は教室での流れに流されていた自分が恥ずかしくなる。

(こいつはこんなに苦しんでいたんだ…)

僕は彼女の頭に手を乗せる。

「大丈夫だよ。心配無用だ。なんとかする。」

彼女は涙を流しながら同意書にサインをした。

「ありがとう…。今回の相談はこれでお終いだ。いつでもこの部屋を出てくれても構わないけど…結果を知りたいなら、そうだな…20分ぐらい待って欲しいかな?それでも良いかい?」

コクリと彼女が頷いたのを見て僕は部屋を後にした。

(1年5組須賀宮由影(すがみやよしかげ)氏橋真樹の元カレ…)

僕は意識を集中する。

これは僕のトラブル干渉前のルーティンのようなものだ…。

(SNSを使わないリベンジポルノのようなものだな…)

僕はつま先に力を込めて廊下を進んだ。


僕は由影のスマホを片手に校舎を走る続ける。

「しつこいなー」

元々、体力に自信があった僕は余裕の表情で15分間走り続けている。

「よし、あともう少し…」

「待ちやがれ!」

由影も疲れが見えているが彼のスピードは一向に落ちない。

「この作戦ダメだったんじゃ…」

どうして、こうなっているかは今からお話ししよう。


「由影君かな?ちょっと時間ある?」

僕はホームルームが終わってすぐに由影を呼びに行く。

「あん?そうだけど?」

社会を舐め腐っている少年の模範的存在のような彼はクラスからもあまり良い印象を受けていない。

ピアスの穴が下にも空いていることに気がついた。

「うぇ…」

「なんだよ?」

由影が睨みつけるような視線を送ってくる。

「いやーなんでもないです。」

僕は由影を特別棟と言われている校舎に連れて行くことにした。


「で?俺になんのようだよ?」

「ちょっとね?仕事と言いますかー」

「はぁ?仕事だ?高校生のくせにイキがってんじゃねぇーよ。」

と舌にピアスを空けている者は言う…。

「仕事と言ってもたいした物じゃないんだけどね…」

僕は由影の目を見ながら話す。

「真樹ちゃんについてだ…君の元カノのねっ!」

僕は由影に首を掴まれて、壁に押しつけられる。

「うっ!」

「なんで!お前が知っているんだ!」

そう、由影からすれば謎だろう…僕は彼とは違う中学出身なのだから…。

「離せよ…話すのはそこからだ」

僕は彼を睨め付ける。

「ちっ!」

由影は舌打ちをしながら僕を話す。

「仕事の関係でね…君の知り合いから情報をもらったんだ」

「真樹だな…」

「ご想像にお任せするよ」

僕は深呼吸をして本題に入る。

「今から僕の質問にはい、もしくはいいえで答えるんだな…」

僕はこそっと録音機のスイッチを入れる。

5センチにも満たない小型録音機である…。

「真樹の今の状況は知っているか?」

「いいえ」

僕は頷く。

「真樹は今いじめられているんだ…それについて心当たりはあるか?」

「いや、ないな。」

「次の質問には自分自身の言葉で話してくれて構わない。

……真樹の噂を流したのは…君かい?」

「それを知ってどうする?」

僕はそのセリフだけで全てを理解した。予想は的中している。

「君達の中を円滑にするだけだ。」

「円滑にして…アイツのいじめが収まると思っているのか?」

僕は首を振る。

「じゃあ…なんで?」

「新たな噂を作らせないためかな?」

僕はスマホを取り出してある動画を由影に見せる。

「これは彼女のクラスでの様子だ…酷く生き辛そうだろ?」

僕は彼の口元が少しだけ緩んだのを確認して次の動画を流す。

「由影…あなたの思いはよく伝わった…でも、あなたと私は合わないの。」

「おい!なんでこの動画が…!」

由影は僕のことを睨みつける。

「さぁ?なんでかなー?知らないなー」

「惚けるんじゃねぇ!」

「真樹…彼女の友達から送られてきた動画だ…」

僕は動画を一時停止する。

由影は怒り狂っている。

「何も知らないくせに!なんで、俺とアイツの関係に手出しをするんだ!」

「そうだね…僕は何も知らない。厳密に言えば…真実は真樹ちゃんと君しか知らないんだろうね。でも、ひとつだけ訂正さしてね。」

僕は溜まりに溜まった怒りを彼にぶつける。

「甘ったるい考えしてんじゃねぇーぞ…何が俺とアイツの関係だ!ふざけるな!お前と真樹の関係はもうとっくに崩れているんだよ!」

「俺は…だだアイツに求められたかった…彼女の居場所になりたかった…。それをお前は…何も知らないお前が!」

彼は僕に拳を向けた。

「グ!」

僕は頬に拳を叩き込まれた。

「痛いなー。僕が暴力に耐性があったから良かったけど…無かったら危なかったよ。」

そう言いながら僕はポケットティッシュに血と唾液が混ざった物を吐き捨てる。

(痛ってー)

僕は彼の胸ぐらを掴んで壁に押さえつける。

「離せ!ゴラ!」

僕は更に腕に力を込めて彼を壁に押し付ける。

「わかった…俺が悪かった。」

僕は少しだけ腕の力を抜く。

「お前…真樹のこと好きなんだろ?だから…アイツのためにそこまでできるんだ…」

(何を言っているのかさっぱりだ。俺がアイツを?何を馬鹿げたことを喋ったこともない奴に惚れるかよ。行動源が『好き』と言う感情だけならこの世は乱れて崩壊してるよ)

僕はそう思いながら彼を壁に押さえ続ける。

「ククク…そんなお前にこれをやるから…手を離せ」

由影は僕に真樹の裸の写真を見せてきた。

(これがリベンジポルノと言うやつか…)

僕は彼のスマホを奪い取る。

「な?お前!」

「残念でした!僕に『好き』と言う感情は無いんだ!」

僕は彼に一発頭突きを喰らわせる。

ふらりと彼は体勢を崩す。

僕は彼のスマホがまだついていることを確認して廊下を走り出した。

(この写真がある限り…彼女に対するイメージの消去はできない!早く、早く消すんだ!)

こうして僕は彼との追いかけっこをすることとなった。


「ま…待て!はぁはぁ…」

由影にも疲れが見え始めている…。

僕は彼のスマホの中に入っていた全ての写真を完全消去した。

「これで終わりだ!」

僕は由影に向き合う。

「なんて事をするんだ!」

由影は僕の胸ぐらを掴む。

「殴れよ…殴りたいだけ殴ればいいさっ」

殴られる僕…。

「ふざけんじゃねぇーぞ!何も知らないお前が…なんで邪魔をした!」

由影は顔を真っ赤にして僕に怒鳴りかける。

「君のしていたことがいわゆるデートDVと言われいることだからだ」

僕は痛みを堪えて必死に得意分野の説得に持ち込む。

「君は、真樹の泣き顔を見たことがあるか?アイツはどうしようもないくらいウザイ部分があるが…あの作り笑いの裏側に隠しているんだ…悲しみを…苦しみを…。彼女だって君ともう一度やり直したいと思っている…それなのに君は彼女の苦しみも、悲しみもわかってあげるわけもなく…その事実を知って笑ったんだ…。君は最低の人間だ…」

僕はズバリと言い放つ。

僕だって…こんな説得の方法は取りたくない…だけど、この人は許せない!人間を自身の所有物にしようとする人だから…。

『勉強はしなくていいわ。二階で遊んでなさい』

子供の頃に言われたことを思い出した。

(くっ!嫌な事を思い出さしてくれるな…)

「好かれたいとか、自分だけを見て欲しいとか思うのは自身の勝手で、当然だと思っている…だけど!」

僕は一息ついて気持ちを落ち着かせる。

「好かれることと、支配することは全くもって違うだろう?」

僕の鼻血は頬を伝い、床に斑点を作り出す。

僕は壁にもたれかかって由影のことを睨みつけるように見る。

「だけど!不安になるんだ!わかるだろう?」

「ごめん…さっきも言ったけど、僕に『好き』と言う感情はないんだ…」

「じゃあ、察してくれ…俺の彼女が違う男と話しているんだ…不安になるだろう?なぁ?」

「何が不服なのかがわからない…。彼女だって人間なんだ。君以外の人とも話すし、笑ったりもするだろう?じゃあ、君は自分の彼女以外の女とは喋らないのかい?」

僕は彼に問いかける。

彼の言っていることは少しはわかる。人間は欲に支配されているからだ…。

それは人間の本能的な物で、今すぐどうこう出来る物じゃない。

「わからない!アイツの笑った顔だけが見たいのに…泣かして、それに気づかなくて、その事実を知った俺は笑った…無意識に…」

由影の息はだんだん荒くなる。

「君は…愛情を欲したんだ…。全ての人間に存在する欲の内の愛を…。ある人は自身の子供をお金稼ぎに使った…その人は、金を欲したんだ…。ある人は自身が注目されないことを欲した。つまり、人それぞれ望む物が違っている。それは、人間的本能に基づいていて、その欲は簡単には壊れない…。だから、君の意見を頭ごなしに否定することはしない。」

僕は彼に近づく。

「なんだよ?こんなクズ野郎になんのようだ?」

由影は罪悪感に溺れている。

「真樹と話す時間をやるよ…着いてこい。」

僕はそう言って新聞部の部室に連れて行った。


「ほら、入りな…」

由影は少し躊躇っているように感じる。

「今、ここで話をしなければ何になる?君はその罪悪感をずっと背負ったまま、今後の人生を歩むのか?いくら人間に『忘却』という機能があっても…それは呪いのようにまとわりついて、離れないぞ。ドアを開けるのも、そのままにしておくのも…君の勝手だ。だけど、いつか後悔する…」

僕は壁にもたれかかったまま由影を追い込む。

「っ…。どう話したら…」

「思ったことを言うんだ…それだけで良い」

僕はこの問題を彼自身に解決して欲しかった。

「俺にはそんな価値は無い!」

僕はため息をつく…。

「黙れ!」

僕は胸ぐらを掴んで壁に押し当てる。

「かっ…」

「さっさとやれって言ってるんだよ!わかるか?僕は君みたいなクズ野郎のために時間を割いてやってるんだ!」

「何も…そんな言い方しなくてもいいだろう…」

由影は完全に怯えている。

僕は相談室のドアが開くのを待っている。このヘタレが行動を起こさなければ…今回の依頼は完璧に終了したとは言えない…。ドアの奥の真樹にも聞こえるようにわざと大きな声を出して怒鳴っているんだ。

「お前の意思はなんだ?自身に問え!お前が何者で何を望み、そのためには何が必要なのかを、自身に問いかけろ!」

僕は、何度も同じことを言い続ける…自身に自信を持てと…。

「俺の意思…。俺は…俺は!」

僕は音を立てないように相談室のドアを開ける。

「真樹ともう一度やり直したい!関係を0に戻して、頼り頼られる関係を再び作っていきたい…でも、無理なんだ…俺はクズ野郎だから…」

真樹の目に薄く明るい表情が浮かんだ。

由影のことを追い詰めすぎたように感じながら僕は相談室の中にいる真樹の背中を押した。

「君の返事を返すんだ…既読無視はダメだからね。君が彼とやり直したいなら…彼の手を取って一度話し合いな。」

真樹は頷いて相談室を出て行く。

僕はニコリと笑ってドアを閉めた。


「真樹…どうして」

「あなたともう一度話したかったから…」

僕はドア越しに2人の会話を聞こうと思ったがそれは不謹慎だと思ったのでやめておいた。

僕はカルテに今回の解決手順と反省を書いた。

(今回は時間をかけられなかったから少し荒っぽい解決になってしまった…)

僕は息を大きく吐いて椅子にダラリともたれかかる。

微かに彼らの声が聞こえる。

「お前には…ひどいことをしたと思っている…。俺は舌にピアスを開けたり、校則を破ったりしてイキろうとしたんだ…それでお前が振り向いてくれると思っていたんだ…。お前の心を傷つけて、その状態のお前を慰めることで…俺は自分自身に満足していたんだ!こんなクズ野郎にはもう、関わらない方がいい…お前のためだ!俺だってお前とやり直したい!でも…できないんだ…お前と俺はいい関係とは言えないんだ…」

由影は大分弱っているように感じる。

「そんなこと…関係ないよ。あなたは確かに酷いことをした…あなたの自己満足のために私を傷つけて…」

由影はさらに俯く。

「うっ……!」

「だから…」

真樹は由影の頬に触れる。

「もう一度やり直そ?本当のあなたを私に見せて…私はあなたの全てを受け入れます」

由影はまだ、顔を上げない…。

「俺じゃダメだ…」

「はぁ…。」

真樹の手に力が入る。

「うっ!」

真樹が由影の頬を押し上げる。

「私を見なさい!人の話を聞くときはその人の目を見なさい!習わなかったの?違うでしょ?」

「あぁ」

「よし!じゃあ、返事をしようじゃないか」

今回の依頼は完璧な解決には至らなかった…これは僕のミスだ…。

(でも、いい奴らじゃないか…)

僕はポケットに手を突っ込み顎を上げる。

(いやー、素晴らしい…言葉を使わないで、体と心のコミュニケーションを取るとは…)

真樹の唇はバッチリと由影の唇と合わさっている。

「ほら!これでいいでしょう?やり直そ?」

真樹は顔を真っ赤に熱らせながら由影の目を見る。

「あぁ、そうだな」

由影も冷静な判断が行えないほどに脳がショートしていることだろう。

(とりあえず今日の依頼は終わりだな…)

僕はカルテを棚にしまって真樹の鞄を気づかれないように廊下に出した。

(勇気いる行動だよな…本当に…自身を傷つけた者にキスをして関係回復を図った…そう易々と出来る物じゃない…しかも、廊下で…)

僕は新聞部の本部(桃山先輩の管轄)に今回の依頼は成功したと報告しに行くことにした。

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