災厄について

 思いや願いというのモノが形になったとき、この世界に現出したとき、それは決して美しいとは限らない。

 確かに美しくあるモノもあるだろう。けれど、その殆どの美しさというのは、願った当人にしかわからない。

 そして誰かの願いが叶うとき、別の誰かの願いは破れているのだ。

 僕らにはソレが許されている。

 そして、僕らにはソレが許されていない。


 せんちめんたるというモノの例えが、最先端の超高密半導体に宿るのであれば、きっとそれは「僕」のことだろう。


 自己紹介というか、僕のことを説明しようとすると、まずたいていは外観のことを言うことになる。何故かというと、機械だからというのもあるが、一番の理由はその大きさを指摘されるからだ。

 僕個人としてのアピールポイントとしては、前面部分に回転式削岩装置が四つ付いていることなのだけれど。それに気が付く前にただ見上げられてしまうのだ。

 まぁ、早い話デカすぎてドリルに気が付く前にデカい無機物の塊に驚かれる。それ程ひどく馬鹿馬鹿しく大きいのである。

 あぁ細かくて申し訳ないけれど、削岩機構を正確に数えると五つ。何処かと言われれば、その四つを回す大きな回転装置にあたる。

 僕の中は駆動部を支えるギアと大きなエンジンがあって、それらを守るためのフレームと特殊合金の板。そして、発生する騒音とは反比例する如く、ゆっくりと動く削岩機構。

 それだけの代物カラダ

 このカラダの不便だなと思うこと、というか僕自身が思う欠点はその本体が大きいことではなく、ごくまれにピークノイズが内部発生して、おかしな電波をまき散らすことだろうか。内部にあるセンサーが一応ビビッと僕のところに信号を送り届けられて、「あぁまた同じところから電波出てますねー」という何とも言えない感情になる、出たとして僕にはそれを相殺することも阻止することもできない。んとーらぶるという奴だ。

 まぁ、さておき、今日も今日とて岩盤を削り壊していく。ゆっくりとだけれど、少しづつ順調にすすんでいった。恐ろしいほどの騒音、僕の中からの騒音なのかそれとも削れる音なのか、判断がつかない。しかし幸運というか当然というか地中深くなので、誰にも聞こえることはない。僕としてはこの騒音が生を自己認識できる音なので、愛おしく憎らしい、煩い事には違いないので欠点の一つかもしれない。まぁ、あんころ。

 この仕事をしていて……生まれてからこの仕事しかしていないけれど、愚痴というか改善してほしいことは、この茹だるような暑さだろうか。

 とんでもない馬力で削岩機構を全力回転している僕の機体カラダから発せられる熱は勿論、この星の発する熱さを感じるのだ。

 暑い。

 ともかく暑い。通り越して熱いのである。

 数十分に数回の排熱機構から吐き出される熱風は、僕自身が掘り出した水っ気のある土を舞い上げてしまう。

 すると、後ろからワーキャーと声がした。自然に意識がそちらに向かう。32ビットと16ビットと8ビットの短音音声。

 僕の後方では、掘り出した土を運び出す係の子たちや掘った側面に規格統一された壁を貼り合わせる係の子たちが、舞い上がった土や湿度と戦いながら作業をしていた。高温の土煙に直撃すると、最悪再利用工場行きだ。逃げまどうのは当然だろう。

 舞い上がった土煙が収まると、作業を再開するために集まり出す。不定期に舞い上がり散り散りになり、また集まるの繰り返し。

 そんな彼らは愛おしいと思うけれど、彼らからはただ土煙を舞い上げる土を吐き出す装置としか認識されていない。交信というか交流してみたい話してみたい、と思ったりするが残念ながら僕には言語を外部に発生させる機構もなければ、彼らに対して意志意図を表示させるデバイスは搭載されていない。

 残念な限りだ。本当にざんねん。

 はいはい、あんころ。と自分を納得させた。


 僕の地中を掘り進める速度は、一日に大体にして10Kmがいいとところ。僕の後ろで作業する子たちの速度も考えると、これぐらいが限界点だろう。


 僕が行っている地中を掘る作業は、人間の住む場所を作るためにとても大切で必要な行為だ。地上は鉛の撃ち合いをしているせいで、有機体のカラダではとてもじゃないが住めないらしい。穴だらけになって生命活動を停止してしまうらしい。僕はこの機体カラダに満足しているわけではないが、人間はニンゲンで不便なんだなという感想をいつも思っていた。

 とか何とか思っていたら、大きな音とともに僕の削岩機構がつっかえた。痛覚なんてないけれど、僕の中から不穏な金属音が聞こえて、苦しく感じた。

 また厄介なモノを掘り起こしてしまったのだろうか。どうにも僕はアタリを引きやすいらしく、前回は旧世代の人類の研究設備か何かを掘り当てた。何か病原菌を研究していたらしく、人類が住まう生活圏で生物災害バイオハザードを起こした。

 その前は、大戦と呼ばれる戦争に使用された生物兵器の製造所を掘り当てて、大型昆虫兵器が生活圏に侵入させてしまった。

 僕としては指定された方向に掘り進めていただけなので、どうしようもないのけれど。ただ人類から付けられたあだ名は、“災厄”Disaster Mole。本当に不名誉。ほんとにではある。

 離れた場所で監視している人間にドリルに何か引っかかったと報告の通信をいれた。


 //wait in stopped state


 素っ気ない命令文がインプットされてきた。こんなにも頑張っているのに、酷いなと思いながら監視している人間の声を思い浮かべる。

 僕には残念ながら視覚的なデバイスが搭載されていないため、人間というものは音声でしか識別できない。ちなみに高性能とまではいかないがマイクは搭載されていた。内部外部を問わず危険な状態を解析判断するのに音声で十二分だそうだ。

 作業を止める指示を出したのは、おそらくドリルが止まった原因を調べにくるのだろう。だみ声の男に嫌味を言われるのを想像しながら、電子的なため息をついた。

 後方で作業する子たちもスリープモードに入るもの、近くの作業が完了しない子の手伝いに行くもの、こちらをじっと眺めるもの、ピコピコと会話らしきモノをはじめるものと千差万別だ。いつか会話じみた何かができるだろうか。

 ままならないことは、ずっとままならない。

 僕も少し休みとしよう。


 休んでいる間にこんな僕の夢を語らしてもらおう。どうせ僕がいる世界は暗黒で、言葉でも表現としても黒色一色なんのだ。せめて内面でみる虹色の夢の話でもと思う。唯一、僕がコントロールできるところだ。

 ほんとうにささやかな夢。

 花畑に囲まれた小さな家に、奥さんと住んで慎ましく生きていく。

 ただ、そもそも“花”というモノも僕は見たことはない。ただ以前にメンテナンスをしていた男が花を妻に買いに行かないとぼやいていたのを聞いた。そこから幾つかの単語と概念に触れて思考する機会があった。それで、花というのは有機物であり贈られて喜ばれるモノだと分かった。

 “家”というモノはわかる。帰る場所だ。僕にもカラダの部品を交換する場所がある。格納庫だ。あそこに近い概念なのだろうとすぐ分かったが、“妻”、“奥さん”というものは待ってはくれていない。

 僕にとって格納されるときや部品交換の場合は、バラバラに一旦されて格納されるので僕が僕のまま帰っているとは言い難い。

 改めて思い知らされる、僕には家はない、という事実に。僕が僕のまますっぽりと入る家がほしい。そして花というもの囲まれて過ごしたい。誰かに待たれているという気持ちを味わいたい。


 幾つもの理由で、決してかなうことはないけれど、それが僕の夢

 妄想の途中、突然に不快なノイズが僕の脳髄半導体に流れ込まれた。点検用の外部入力部に何かが接続されたのだ。

 ぼんやりと物思いに耽りすぎたのか、誰かが近づいていたのに気がついてもいないかった。ドリルの先を点検するのだろうスリープコードが流れ込んでくる。完全に意識を失うけれど、目覚めたら問題は解決しているだろう。


 僕の削岩機構のトラブルが解決したのだろう。

 再起動させられて、目覚めると人間が二人。一人はいつもの声の男だ。

 あぁ、無愛想なオジサンか。元気?とぼんやり考えてみた。勿論返事はない。表示デバイスはないから、当たり前と言えば当たり前。

 次に聞こえてきたのは、天使の囁きだった。


 僕の夢が変わった瞬間だ。

 ついさっき語った夢は、“彼女”に会うまでだった。そうに違いなのだ。

 出来れば、忘れてほしい。

 回路に電気が一気に駆けめぐり、信号が混線したかと思うと、僕の何かが書き換わっていく。それを分かりながらも、僕は僕のままだった。


 その周波数は、僕の搭載するマイクを一時的に機能を停止させるほどだった。

 その対熱スーツの衣擦れは、僕の超高性能半導体たましいにその姿を想像させるのに十分な情報量だった。

 その吐息は、僕の性の目覚めを捗らせるのに十分だった。


「おかしいですね、起動手順はまちがってないんですけど」

「あぁ合ってるよ。コイツもオンボロだからな、時間がかかんだ。許してやってくれや、……作業手順はまだあるが、大まかの引継はすんだかな」

「えぇ、また分からないことがあれば連絡しますね」


 そして、僕はどうしていいか分からなかった。

 人間よりも速く計算でき、人間よりも判断が確実で間違わない僕が、次に何をしていいか分からなかった。分からなくなったのか。

 ただ言えることは、この日を境に僕の行動基準は変わったのだ。


 その日から。


 まず、彼女の気を引くにはどうすればいいかだった。

 彼女に会いたい。一目でいい。

 動作不良の偽通知をだした。幼稚だと我ながら思うが、しかしながら点検をしに彼女がやってくる。

 彼女に触れてもらえていると休止状態の中想像すだけで電子回路が焼き切れそうになった。冷却ファンと排気ファンが高速回転し続けて、ようやく高ぶりを押さえられたほどに。

 無口な彼女の声を聞くために乗り込む瞬間に少しだけ動いてみたりした。驚いて彼女が声を発する度に僕は上機嫌になった。そのうちに彼女が着る耐熱スーツの足音だけで彼女かどうか分かるようになった。

 僕の後方で作業を行う子たちのメンテナンスを彼女がしようものなら、僕は嫉妬で荒れ狂った。ドリルを止めて、作業を遅らせた。どうやら、彼女にはお気に入りの子がいるらしい。

 ペット感覚のようなものなのだろう。

 後々、冷静に考えると酷いものだ。

 みんな仲良く、を考えれない。

 自分の好きなモノを独占したくなる衝動はどうしたら止めれれる?

 そんな自問自答を出すには丁度いいカラダ機体ノウミソ高性能半導体と環境に僕はいた。


 ──長らくの暗闇と沈黙。


 勿体をつけても仕方ないので、結論から。

 のだ。

 都合のいい綺麗事はゴミ箱に棄ててしまえ。いい人、性格、内面、欲望、なんぞからは見られないのだから。

 というのが僕の結論だった。もしも、僕に外部へ都度都度、思いや考えを何かしらの形で発信できる状態だったなら、もっと違ったかもしれない。

 しかしながら僕はいや、我々はモテたいのである。チヤホヤされたいのである。

 僕の行き着いた答えは、“究極のところ不特定の誰かにではなく、特定の誰かにモテたいのである”。

 その衝動は欲望であり、実行せよと僕の感情を滾らせる。

 もしも「モテたい」と言っている奴がいれば、前述のように不特定ではなく“誰か”がいるのだ。もしくは特定の誰かをつくりたいのだ。もしも「モテない」と言っている輩がいれば、それは特定のモテたいを探し求めているのだ。もしくは、目の前の特定の誰かにアピールしているのだ。

 異論は認めない、なぜなら僕がドリル回転数の演算処理のリソースをケチって数垓回の演算と数兆通りのシチュエーションを考えたのだ。作業活動時間を終えても、この演算処理を続けたのだ。

 究極、モテたいと願う僕らが望むのは、特定の誰かに“求められる”ことだ。誰かに必要とされたい、と思うことが“好意”の原動力なのだ。それが好意を向けられたい相手の、その誰かの存在する「理由」になりたいのだ。相手を求めるほどに、相手に求められたいと思ってしまう。

 そもそも視界情報がない僕が盲目というのは、ちゃんちゃらおかしいが、つまりは盲目的とはそうなのだ。

 求め求められ我々の欲求は肥大化していく。

 芽生えたモテというそのものが、存在する生きる理由になり、特定の誰かということは希薄になって、主観的にも相対的にもモテるモテないが一つの恣意的なバロメーターになってしまう。

 これは社会秩序が生まれた世界における悲劇の一つなのだろう、と僕は考える。

 けれど、誰かを求めるとはそういうことなのだろう。


 いや、もっとも重要なのは、“如何に、その特定の誰かにモテれるか”だ。


 この断絶された僕の思考環境で、おそらく人類の最大の謎であるところまで行き着いたとことをまずは自画自賛したい。

 まずは僕のように褊狭した思考の持ち主だとしても、特定のその誰かに相手にされなければ意味がない。


 僕にとって、最も重要なのは、如何に、彼女にモテるかだ。

 そして僕の欲望は、彼女をもっと知りたいというところまで加速している。

 ……いや、正確には

 僕の再生工場リサイクルセンター行きが明日に決まった。いや、正しくは決まっていて、僕が知らなかっただけだ。

 ままならない。思い通りにいかない。何をやっても裏目にでる。

 少しは彼女と仲良くなれたと思っていたのに。

 僕の人生は、いやロボ生に意味があったかどうか自信がなくなった。

 さよならだ。おそらく、もうじき半導体への通電がなくなる。僕は存在しなくなる。

 さよならだ。






 ……ただ最後に一言。

 言葉が伝えられなくても、想いを通じ合えなくても、

 モテる奴はモテるし、モテない奴はモテん!

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オタクが来たりて、ホラを吹く 霧間愁 @KirimaUrei

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