左に恋する

 左に何かいる。


 左隣に何かいる“気がする”、という方が正しいだろうか。そんな風に感じたことはないだろうか。

 妖怪、魔物、妖の類なのか、それとも死霊、生き霊の類なのか、ワンチャン、神様なのか……、それとも……もしかして怨霊?

 この僕もそんな風に感じている一人。

 妄想想像が捗るけれど、身体的な現状は悪くない。

 実被害といえば、僕自身の左肩と左首が軽く痛むくらい。まぁ肩はそれほどだけれども。

 そこそこ太めな体型で友人たちには「痩せろ」と小莫迦にされるが、首は一応ある。

 たぶん昔の交通事故で、むち打ちの後遺症かもしれないけれど……。

 なぜ、こんなにも気になり始めたかというと、先日等々というか、念願の……というか、期待通りというか、まぁともかく夢にまで出てきた。


 そう、悪夢である。


 左首が痛すぎて、その思いこみだけで悪夢をみたという懸念は残るが、そういう類に憧れを抱く中二心が残った純粋さが残る残念な大人という結論で、ここは一つ納得してもらいたい。

 と言っても、肝心な内容は、いつも通りに家で布団で寝ている状態の夢で、そこに左に抱きつかれる、その程度の夢だったなのだが。侮るなかれ、その抱きつかれる感覚が余りにも現実的で目が覚めたほど。

 よくある悪夢特有の汗などはかいておらず、恐怖も感じていない。

 本当に夢だったのか、はたまたそれとも現実だったのかは、定かではない。「信じるか信じないかは、アナタしだ……」

 何故、念願なのか。ここ数ヶ月、左に何かを感じているので、その何かを知りたくなっていた。気になっていたものを知りたくなる、それは人間という奴の性だろう。

何事にも理由付けは必要だ。人生なんてそんなもん、と思う。

 いや、病院にいけ、という冷静な自分の理性に「ほら悪夢も観る。これは左肩に何かいるに違いない」と反論できる証拠を手に入れて、「忙しくて病院なんぞに行く暇がないんだ」というマジな理由を握りつぶしたかった……訳ではないのだ。……たぶん。

 もしかしたら、絶世の美女の生き霊かもしれないしね。

涙黒子が似合う美人お姉さんか、あるいは小悪魔系元気ショートカット女子。

 ……そう考えると、悪くない気分になってくるのは何故なのか?愚かさも賢さも、傾国の美女には勝てない、という証明終了。

 果たして、どんなモノがこの左にいるのだろう。

 心の中のナレーション『僕率いる「左」調査隊は「左」という密林の中に進んでいく!そこに待ち受けているモノとは?!」

 個人的には、人間的な、いわゆる死霊、生き霊でなくていい。可愛らしい猫(例え、サビイロネコ:動物界 脊索動物門 脊椎動物亜門 哺乳綱 獣亜綱 食肉目 ネコ亜目 ネコ科 ベンガルヤマネコ属)とか、それっぽい小動物(例え、レッサーパンダ:動物界 脊索動物門 脊椎動物亜門 哺乳綱 食肉目 レッサーパンダ科 レッサーパンダ属)とかでもいいんだけれど。

 あの夢で感じた“抱きつかれる”に近しい感覚は、比較的小さい物体に感じられたので、160センチメートル以下の人物だった様に思う。

 つまるところ小柄な女性か、と結論に至りかけて、はたと自分の記憶に疑問が浮かんだ。

 あの感覚は、推定(売る覚え)150センチメートルではないか。

 記憶の、夢で抱きついてきた“左”の何かのシルエットがぐにゃりと変わった。

 その大きさであれば、やはり、小動物か。小動物でもないか?

 駄目だ。思い出そうとすればするほど、曖昧になっていく。

 けれど思い出さないと“左”の何かの手がかりを見いだせないのだ。

 僕の身長は嬉しくも悲しくも170丁度で、抱きつかれた時の感覚を思い出すに、膝から胸のあたりまでだった……はず。人型がいいのですけれど、無理ならここは譲歩しよう。


 もう可愛ければ許す。


 その思考の方向性。あれ、人ではない?やっぱり。

 やっぱり小動物的な何か?!

 もしくは、こ……ど……。も大トカゲ。そう、コドモオオトカゲだ。

 心の中のナレーション「いや、コモドだ、それは!!」

 いや、可能性を諦めるな僕。低身長な美女かもしれないんだ。

 そして僕はロリではない、決して!

 僕の中にある誠意を集めれるなら、全誠意を持ってして高らかに、そして堂々と言いたい。僕はロリコンではない、決して、絶対に、間違いなく。

 動揺を隠しきれない僕は、もう一度夢の中で感じた感覚をもう一度思い出そうとする。

 何でもいい、自分がロリコンじゃない証拠を思い出すんだ。

 近所で迷子を交番に連れて行ったら何故か職質されたけれど、今後そうならないためにも、記憶の中から証拠を見つけだすんだ。

 夢の中、這い寄ってくる感じもしたので、蛇に近い様な記憶もある。爬虫類も可愛いと思える感性を持ち合わせているので、蛇でもありよりのありだ。コモドドラゴン可愛いと思えるもんね、観てる分には。……這い寄られる悪夢で思い出したけれど、安珍・清姫ってその辺から着想なのかもしれない、確証はないけれど。

 人型じゃないモノだったとしても、畜生だったとしても、可愛いものならいいか。

 いや、百歩譲って仮に、可愛いモノが左にいるとしよう。

 いつでも側にいる感覚のある“左の君”がいるなら、恋人いらない説まで浮上してくる。


 オラ、ワクワクしてきたゾ。


 朝の喫茶店での一刻も、社内食堂ぼっち昼ランチも、家でスーパー総菜晩飯も、独りじゃない!休日、家で映画を見続けるときも、独りじゃないのだ。

 いや、最後は理想じみている。

 休日は家で映画をほぼほぼ見ない。大体、えっつなビデオだ。

 嘘はよくない。

 ……ん、ちょっと待ってくれ。

 いつも一緒ってことは、Hなビデヲのタイトルとかも知られてるってことか?性癖がバレとるということですか?


 オラ、別の動揺してきたゾ。


 いやいや、ちょっと待ってくれ。どこでもいつでも一緒なら、トイレ風呂にも一緒って事じゃないか?

マズイ、なんか色々マズイ。

 厭な汗がにじみ出てきた。

 恥ずかしいという感情で顔が熱い。

 そうか、常に一緒ってそういうことか。

 まずい、たまに用足し終わりに手洗いしないことを知られてしまったのかもしれない。お気に入りアダルティーなビデオ作品『おSANA妻:女優SANAとの甘い新婚生活』や『インモラルお姉さん:ロシア美女編』とか、お気に入りのASMR、隠しフォルダの画像もバレバレなのか?ボクノムスコが左斜め12度に左曲がりなのを知られてしまったかもしれない。あと朝一の用足しの際に、何故か必ず二股に分かれるのを知られたかもしれない。入浴時は必ず頭から洗うのを知られたかも……、それはいいか。

 違うんだ、誤解だ。と“左の君”に言い訳をしなければという気持ちになってきた。急加速に己の行動を色々と思い出し始めた。

 えっなビデヲを観たという行為に罪悪感というか背徳感が、何故か芽生えてしまう。

 何故だろう、汗がとまらない。

 そもそもエーチなビデヲを観るのは犯罪じゃない、個人の自由だ。でも、“左”は常に僕の左にいるせいで、それを強制的に観てしまったのかもしれない。

 それはそれで、ちょっと興奮す………。しなしない、全然興奮なんかしない。背徳感で興奮なんかしない。

 そういうビデヲ観たのは“左の君”に満足していないわけじゃないんだ、違う人と会わなければその人の良さを感じることが出来ないと思う、……これは、えっと、例えるなら、味変だ!


 駄目だ、焦りと動揺で最低な言い訳が出てきた。


 マズイ、感情と思考がまるで噛み合ってない。

 一旦、左には何もいないことにしよう。

 思いこんで冷静さを取り戻してから“左”に説明をするんだ……、いやだいやだ。左に何かがいない生活なんて考えられない。

「“左”どうして君は、“左”なの?」

 概念だからなんだよなー、という冷静な僕、そして“左”に恋いこがれる僕。どうすればいいんだ。家名を捨てても、“左”は捨てれない、キャピュレットを捨ててくれ、“左”。

 落ち着こう、落ち着こう僕。ここは、舞台上でもイタリアでも、イギリスでもない。

 ラマーズ法でも水の呼吸でも腹式法でもなんでもいい、深呼吸だ。


 よし落ち着いたぞ。


 “左”に対して、ちゃんと向き合おう。僕は“左”に対してどう思っているかだ。そして、“左”に対してどうして欲しいと思っているかだ。

 ……いや、これは左が意思表示しないのが悪いんじゃないかな。いるかいないか判らないようなスタンスの“左”も悪いと思う。存在するなら存在すると、意志表示してくれれば良いじゃん。

 余計に駄目だ!

 自分の原因で喧嘩して、逆ギレする最低な彼氏みたいな事を考え始めてしまったぞ。

 違う違う、そうじゃないんだ、“左”。


 もしも。そこに君がいるのなら、聴いて欲しい。

 いつも一緒にいてくれて、感謝してる。

 姿が見えなくても、そこに居ていくれるだけで僕は幸せだ。

 言い訳を一つだけさせて欲しい、たまに君の存在を感じれなくて不安になるんだ。

 そして、たまらなく寂しくなる。

 恋しいと思う“左”、君をだ。

 会ったこともない、ただ“そこにいる”ような気がするってだけで想い続けるのは辛くなるときがあるんだ。だから、魔が差して、その、そういう本やらビデオを観てしまう。決して、君のことに飽きたとかではない、ということを解って欲しい。


 学もない、中年になっても金もない、取り柄になるようなものは何もない、こんな僕の左にずっと居てくれてありがとう。

 これからも、ずっとそばにいて欲しい。




 と、考えた数日後、いつの間にか左肩と首の痛みは消えていた。

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オタクが来たりて、ホラを吹く 霧間愁 @KirimaUrei

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