幻という名の硝子板

 初めましてだな、諸君。

 この講義を担当することになった……、まぁ名前は名乗らなくてもいいか、名乗っても無意味になるだろうからな。教授Σプロフェッサーシグマとでも呼んでくれ給え。冗談だ、Σでいい。

 君らを騙しのプロにするために、私は此処にいる。

 自己紹介とこの講義の主旨は理解しただろう。

 さて今更だが、この世界にはが実に多い。騙すために存在するようなモノはざらにある。多すぎて数えるのが嫌になるくらいだ。まぁ、それを嘆かわしいと思ったことはないが。

 ただ、こう思ったことはないかね、諸君。『所詮、騙される奴が悪いのだ。ワタシは、ボクは、オレは騙されない。なんなら逆に騙して操って、いい具合に有利な状況に持ち込める。出来なきゃ、こんな場所にいるべきじゃない、さっさと荷物をまとめて田舎に帰れ』ん?なんだい、そこまでは言わない、そうかい?諸君の顔に書いてあるよ、特に自信顔のそこの君。

 では、ここにいる自信家の諸君は、幾つかの試験と訓練という名のふるいにかけられて此処にいるわけだが、一つ質問をしよう。授業ではない、ただ興味本位の質問だ、評価対象じゃない。安心して答えたまえよ。

 目的の相手を騙すには、何が必要かね?

 信用?

 状況?

 言葉?

 魅力?

 そう困った顔をするんじゃないよ。そんなに可愛い顔でされると誘惑されたと証言を残して、襲いかかりたくなるよ。……、冗談だよ身構えるんじゃぁないよ。

 じゃあ、少しわかりやすくしてあげよう、お詫びを込めてね。

 目的の相手を騙すのに何が必要かね?

 相手を信用させれる技術かね?

 相手が動揺する状況を作り出せるかどうか、かね?

 相手の心を揺さぶる言葉かね?

 異性同性含めて魅了してしまう顔面かね?

 考える時間は……、いらなさそうだね。はい、そこのイケメン君。え?“言葉”だというのかい?君は自分の容姿を武器にしないのか?それを自覚していなのなら、それこそ荷物をまとめて田舎に帰りたまえ。

 はい次、可愛らしい君。「じゃあ、“魅力”」って随分と消去法に沿った意見だ。いけないことはない、ただ積極的でないし、消去法はチームワークにも自分の精神状態にも諦めというネガティブさを根付かせかねない。選び方の問題で、不合格。ちなみに諸君らは、ここには見呉みてくれで選ばれてるわけじゃないから。

 残りの二人は、どうだね?意見、推測、山勘、感情論、根拠なんてものはなくてもいいし、何でもいいから、発言したまえ。沈黙は美徳だが、それは時と場合によりけりだよ。

 君は“状況”を選ぶわけだ。なるほど。人望という名のツテと、金と時間をかけて仕掛けをしていくわけだ。なるほど、君はよほど小説やフィクションの世界に詳しく精通しているらしい。そんなモノは現実には存在しない。もしも金が湯水のように湧いて出たとしても足りないし、時間をかければかけるほど、人望というは綻んで情報が漏れていく。騙す相手に逃げられる、もしくは反撃される可能性があがるわけだ。

 では、最後だリトルボーイ。問題をもう一度提示した方がいいかね?いらない、そうかい、では回答は?

 なるほど、君は「どれでもない」というのかね?なるほどなるほど。普通ならここで“技術”と言って、オンボロで幼気いたいけな老体が、君の選択を莫迦にして「ガハハハ」と嗤うところだろうに。その楽しみを奪うわけだ。

 その回答は、諸君らを虐めようとする偏屈なこの老人に対するささやかな反抗とみて構わないのかね。

 その反骨精神というか、ひねくれ具合は悪くないが、時と場合によりけりだよ、リトルボーイ。

 ……何だね?

 自分の方が私よりも背が高いから、リトルは私だというのかね。なるほど、名称を与えられるとそれに左右されると。まずは関係値をゼロに戻したいのだね?

 では、名乗りたまえ、リトルボーイ。

 君の名は?

 Ωオメガ……、それは私がシグマと名乗った意趣返し……ということかな。

 では、オメガくん、問題の解答は?

 いや、解答は提示された選択肢以外はありえない。

 大口を叩く割には、時間をかけるね。



 ……何、全部?

 オメガくん、君はなかなかの強欲だね。実際の駆け引きなら相手に疑われてしまうかもしれないよ。それに時間もかけすぎだ。

 ははは、確かに。今は講義中だ、実戦じゃない?しかも、まだ授業でもない……なるほど減らず口はなかなかだ。合格点をやろう。


 この世にはまやかしかないし、まやかし何処にもないのだよ。


 矛盾しているかね?

 では、君が君である理由は何だね。わからない?

 では、何故此処にいる?

 祖国を守るため?


 答え合わせがまだだったね、……オメガくん正解だよ。ただし、時と場合によりにけり、という奴だ。いやはや、今年はアタり年かぁ、……優秀で骨のある人間が集まったようだ。実に喜ばしいことだよ。


 さて今日の講義といこうか。前置きはここまでだ。今日は軽くオリエンテーションで終わりたかったが、オメガくんは優秀なので、始めてしまっても構わないだろうと判断するよ。

 私が諸君等に教えることは、全般だ。詐術が主だが、心理学、精神学、地政学、金融学、歴史、帝王学、諸々。

 で、諸君等にまた質問だ。そう厭な顔をするもんじゃない。授業なんだ、質問はする。私の講義は、主に頭を使ってもらう。暗記?いや、思考が中心になるね。考える、というのが諸君等にかせられる課題になる。

 さて、肝心の質問だ。戦争が始まって、何年目だと思うね、諸君。

 君たちはこの悪夢のような状況の毎日で、君たちは選ばれた。ここへ選ばれてしまったのだ。だから、知らなくてはならないのだよ、諸君等は。

 少なくともこれから一年間、君らは多種多様で色々様々な訓練と座学を受ける。そして、順位がつけられ成績を残せなければさよならバイバイ記憶を消されるか、この世から消されるか、だ。故に、思考をし始めなければならない。ペーパーのテストは、ないと思った方がいい、。諸君等にはテストを出せば点数はとれると判断されてここにいるからね。

 それで?

 戦争が始まって、何年たったと思うね、諸君。


 教えられていない?

 それはそうだろう、教えられていない。教えてはいけないからだ。調べても構わない、手元にある端末を使っても構わない。

 もう一度問おう、諸君。

 戦争が始まって、何年目だね?


 答えは、戦争なんぞ起こってないのだよ、諸君。

 この世にはまやかしかないし、まやかし何処にもないのだよ。


 今日の講義は、真実を知るだ。


 何故、そんなことになっているのか?

 簡単だよ、この国は病んでいるのだ。しかも、もう瀕死の状態だ。ギリギリという奴だよ。いや、おそらくこの国だけではないと推測しとるがね、隣の国々も……いや世界中いたる国が似たような状況だと個人的には推測しとるよ。

 戦争をしているから仕方ない、そう思わせる為の方便なんだよ。戦争という名のカンフル剤を打たなければ、この国は崩壊する。いや、世界は崩壊するんだ。ひと昔前は戦争をしているのに、していないと宣っていた国家が多発したもんだが、いまや逆の時代だ。

 いいかね、君らが祖国のためにここにやってきているのなら、祖国に嘘をつき騙さなければならないのだ。諸君等がここにいる意味であり、理由だ。

 これはコレは惚けた顔が並ぶものだな。傑作だ。


 慰めに、昔話をしてやろう。


 私がまだ幻を幻として愛していた頃だ。


 学生時代、教室の端の席でオタク文化を謳歌していた。誰にも邪魔されず、ひっそりとだ。馬鹿にしてきた輩もいたが、そんなものは無視だ。無視し給えというが、その頃のオタクで紳士な態度で流行だったからね。

 ただ、その日、そんな私に金髪褐色のギャルが話しかけてきたのだ。


 私は感動で震え上がったあの感覚を今でも覚えているよ。

 これが、あの、オタクに優しいギャルなのかと。かの有名な未確認生物なのかと。スクールカースト最下位最低辺に手をさしのべる女神になのかと。

 例えるなら“金髪褐色の者、スクールカーストの野に降り立つべし”とジブリ作中予言詩を口ずさみたくなったくらいに震え上がったのだよ。

 「オタクくんさぁ、この間、深夜にやってたアニメみたんだけどさ」と、そのギャルは言った。

 頭では解っていたよ、これは偶然なのだと。偶然に、そのアニメを観て、単に興味を持っただけなのだと。言葉通り、深夜に観たアニメで、知ってそうなクラスメイトで偶々目の前にいた私が選ばれただけなのだと。ただ単純に誰にでも絡むだけなのだと。

 だが、そのときの私の情調は、大変なことになっていた。そして思考が感情の理由の肉付けをし始め、おそらく端的かつ短絡的で最速な結論に至るのだ『。』若さ故の思考とは、所詮そういうものだ。

 その頃の私は常々、ギャルというのは若さというモノを無知が故に無碍にそして無駄にしている存在だと思っていたし、言っていた。もちろん仲間内だけだったが。

 話しかけられ気分が高揚し思考回路がはじき出した名推理でおかしくなっていた私は、冷静を保ちながら答えた。

「な、なんデュフ、か?」

 私の人生において、精神状態が身体に影響するというのを、実感した瞬間だな。

「うわ、キモ。まぁ、いいや」

 傷ついた。が、今考えれば確かに気持ちが悪い。彼女の質問内容は私の答えられる範囲内だったので、丁寧に教えたよ。

「へー、そなんだー、あんがとねー」

 彼女は知りたかったことが聞けて片手をひらひらとして、去っていった。


 「え?それだけ」と思ったよ。私は胸の内の期待を大にしていたせいで、その落胆は恐ろしく酷かった。ガラガラと音が聞こえたかと思ったからね。勝手に裏切られたとすら思ったのだよ。身勝手?確かに身勝手だ。

 幻とはそういうモノだ。

 幻を現実だと思いこむと想った分だけ、それが壊されたとき衝撃を伴うのだ。


 は?

 結局、どういう話かって?

 『オタクに優しい金髪ギャルは、この世に存在しない』ってことだよ。









 ……では、今日の講義はこれで終いとしよう。

 私は早々に帰って妻の料理を楽しみたいのでね。なんだね諸君、私が妻帯者であることが、そんなに不思議かね。

 いやいや、馴れ初めは話してやったろう。

 では、また来週の講義で会おう。

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