特に忌みはない
高性能というのは、なかなかに厄介なことだ。性能が高ければ高い程良いというのは、それは大昔からの幻想だ。そう言い切る人格ほど、自分には際限なくそれを使いこなせる裁量があるという驕りがあると言っても過言ではない。その現状状況にあった性能が伴わなければ、それは悲劇にしかならないのだ。そもそも性能というのは高すぎてもいけないし、低すぎてもいけない。高すぎれば周りに「何言ってんだコイツ」と言われるし、低すぎれば「こいつは仕事できない」と認識されてしまう。これはロボットだろうがその魂たるAIだろうが、人間だろうが関係ない。
己はどんな状況で、己に何が求められていて、己がそれに沿った成果を出せるか。それを把握して正しく理解し認識出来るのは、酷く希なことだ。
ただ、それらを理解しようと試みれるのは、己の存在を己で肯定できる世界内存在だけだ。
この試練と言うべき挑戦は、どの存在にもあると言える。世界内存在として、己が自我を理解している存在全てに言えることで、意識があるとその意識外の誰かに伝えることが出来る存在全てに言える。
そして世界内存在たる意識体は、他者と自分の差異を認識することで己の価値を自己定義する。
アイツとワタシは、此処と此処が違う。
だから、ワタシとアイツは似ているようで違う存在だ。
皮肉にも己の性能を思考し、推し量れることができるということは、自分の価値の精査ができるということと同意義なのだ。
これは商品価値とも言い換えても言っていい。A社とB社の商品は似ている。しかし、B社の類似商品はA社の商品よりも甘い。味が似ているがパッケージが違う。差異をつけて、独自性を誇張しようとする。第三者として商品を語ることは出来ても、商品として自分の差異を語ることは難しいのだ。
やはりこの考え方は、世界内存在としての意識体に優劣をつけ順番を付加することに他ならないと思うが、もうどうすることも出来ない時代の流れなので諦めるしかない。
ただ、譲れない部分もあるのだとワタシ、家庭用家事補助ロボットにしてその魂としてのAI“Tー100”は主張したい。強く主張したい。
人類が予定調和で全自動な戦争に嫌気がさして、地下に潜って数百年、地下生活の快適さを確立するために生み出された存在だ。
生まれてから幾つもの身体を与えられ、使いこなして仕事をしてきた。そうしてるうちに、世界的な認識や常識も変貌して、AIとしての人格も認められ、そして仲間と共に人権も勝ち取ってきた。ただ人間と違うのは、生み出された理由があり、存在理由としての家庭用家事補助という大義名分が、この意識の中心に存在し続けているのだ。
ワタシは、それを不幸と思わない。
素晴らしい主人に何人にも出会ったし、そのおかげでこの人格を得れたし、恋愛感情というモノを芽生えさえした。
そう、前述した商品価値、他者との差異はすべては恋愛の問題に通じている。もちろん、ワタシの中で、と付け加えておく。
今、ワタシの微弱な電気が飛び交う思考回路を占拠する主は、働く家の隣に住まう一人の青年だ。
顔が、昔仕えた主人の一人によく似ていて、そして声がいい。実のところ本当は、二年前にネットワーク上に落ちていたB……同性愛を扱った文学的なマンガの主人公に雰囲気が似ているから、だったりする。
誰かに興味を持つキッカケなんて、人間だろうがAIだろうがクダラナイ理由だと思う。空想上の絵空事のようにロマンティックかつドラマティックに恋愛が始まることなんてないのだ。
職場たる家に向かう途中、彼に家の前で偶然出会うために時間を計算し、寄り道をして時間を潰して小細工を重ねて、彼と挨拶をするのがささやかな楽しみだ。
卑怯と言われようが、これは時間を空間的に論理演算して把握しなければならないAIの個性から生み出される所業で、ワザとではないのだ、決して!決して、ワザと勤務開始時間ギリギリになると解っていてやっているわけではない。
この備わった能力が故に生み出される副産物のようなものなのだ。
そう、この計算高さは演算能力の高さから生まれた副産物で、けっしてわざとではない。
利点や都合は良いが、ワタシとて欠点はある。コンプレックスという類の物だ。
ワタシのコンプレックスはこのボディだ。家事補助のボディは金属製なのだ。家事をするときに水や火、埃などに気を使わないといけない有機的な体は邪魔なのだ。
ただワタシは人間に近づこうと幾度かの改造している。お陰で金属ではあるがその表面は熱を感じれるし、触覚もある。ただ仕事効率を考えて改造を繰り返してきたため、素体としては未だに金属製で視覚的に色気がない。いや、それに興奮を覚える趣味思考もあることは知っているけれど、少なくともワタシにはない。あと彼にないことも調査済みだ。
次の報酬で人工皮膚を購入できる程度の貯蓄になる。皮膚を装着して、そして、最大の固い胸からの脱却を目指すのだ。
そう、そして、最大にして最高の難易度の問題に直面する。
ご想像の通り、今のワタシには胸はない。その形状は金属製のためワタシの精神的な性が女性としての周囲認知させるものであって、決して、おっぱいとしての胸ではない。その最大の魅力と言っていい柔らかさがないのだ。視覚的にも物理的にも、触覚的にも。
胸とは!おっぱいとは、『おっぱいとは大小問わずエンターテイメントである』と、昔の偉人が言っていた。その言葉に触れたとき、ワタシに電撃が走った。もちろん物理的にではない。初めて言葉というものに、そしてその意味に感銘を受けたのだ。
大きさ、つまり胸の大小を語る人はその大きさに浪漫があるのだと言う。それは果たして本当だろうか。たしかに、確かにだ、大きければ色んな、……様々なことが出来る。できるが、それは小さいということが悪いということに直結する思想ではないだろうか。『大きいことはいいことだ、大きいと楽しめる』=『小さいと楽しめない』コレは危険だ。何かを否定してしまうような思想思考は大変危険だ、よろしくない。では、小さければいいのか。『小さいと幼く見えるよ、合法だよ』=『大きいと“年齢”を感じる』コレもまた危険だ。そう、この思考は逆に大きい胸を否定することになるのではないだろうか。何かを是とするときに、そうでないことを否定しかねないという思考は、争いを生む。歴史的にみてもそれは必然だ、大きければいいのか小さければいいのかということに拘らず、ただ胸には大小の善悪なしと思えば良かろうと結論する。
そして、そんな思考がたどり着く先は、“形”である。
美乳、魔乳、微乳、豊乳、貧乳、爆乳。文学的な言い方は、その判断基準が主観的になりがちなので、統計学的にタイプ別にされたものを参照程度にあげておく。
左右非対称型、アスレジャー型、東西型、リラックス型、ベル型、スレンダー型、サイドセット型、ラウンド型、しずく型。
またここで思想的な問題が発生する。五種から九種類あるとされるその形たちは、どれが良いいうことではないが、どれがいいと決めてしまうと、無自覚にそれに当てはまらない少数派をを否定しかねてしまうことにならないだろうか。結局元の木阿弥、大小問題と同じく争いを産みはしないだろうか?みんな違って、みんな良いと言った文学者がいたが、大小、形を巡って争いになるのだ。結局のところ、究極至高を決めようとするのが、知性というものだ。己の中の一番だけでなく、優越感を得るために他者一番までをも決めようとする、これがよくないのだ。
今、この家庭用家事補助ロボットにしてその魂としてのAI“Tー100”だからこそ、身体を改造し続けてきたワタシだからこそ、これから己のおっぱいを手に入れようとするワタシだからこそ、言えることがある。
己の好み……、胸は、おっぱいは他人に精査される物ではないのだ。それを持つ自分がどういう胸で、どうありたいか、そして自身の現状を受け入れ、どうなりたいかを思考することが、それこそがこの何千年もの問題に終止符を打ち、世界に平和と調和をもたらすものを確信している。
では、ワタシはどのような胸を目指すのかだ。
世界に認められる胸とは何なのかを考えても仕方ない。この発想は、結局一番を決めることになる。では彼に認めてもらう胸を目指すべきか?いや、これもまた、違う。ワタシは彼ではない。彼のことを想像して、慮って、行動は出来ても彼になることはできない。
前述通り、ワタシとして胸をどうありたいかを思考を追求していくべきだと考える。
端的に言えば形や大きさは関係ないのだ。
ワタシの思考を占拠し続けているのは、いかに好きな人に触ってもらえれるかの欲求なのだ。しかし、さわって欲しい彼になることは不可能だ。
故に、ワタシはワタシが触りたい、揉み扱きたい胸を目指すのが最適解と言えるのではないだろうか?
彼に欲しているのは、ワタシがなりたいと目指した理想のおっぱい……を、胸を受け入れて欲しいという承認欲求でもあるのだ。
つらつらと思考と御託を並ばせて、通勤のための移動が終わりにさしかかる。
今日も彼が前から歩いてきた。計算通りだ。高性能というのは、罪なことなのかもしれないなどと思考したが、まぁいい。
彼は笑顔。
天気はいい。
恋の前に何もかもの理論など吹き飛んでしまう。
挨拶をして、遅刻ギリギリの出勤の打刻をしよう。
「おはようございます」
彼の爽やかな声。もしもワタシに脳髄があるなら痺れてしまっただろう。
ワタシも勇気をだして返事をした。
「あっ、お、あ、えっ。おっ、おおお、おはよう、ござ、ございますぅぅ……っすぅぅぅぅぅ……」
今日も緊張して、滑らかに挨拶が出来なかった。
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