第3話 四日間だけの

 

「その猫、アメリカンショートヘアに似てるわね、多分雑種ざっしゅだと思うけれど」

 お母さんがそう言っていた。アメリカンショートヘアってあの人気の猫? 凄いな。ねずみ色でしましま模様の猫。可愛い。

 私は猫を(四日間だけ)飼ってもいい状況に浮かれていた。まずはお風呂に入れなくちゃ。テレビで猫を洗う場面を見たことがある。シャンプーで洗えばいいんだよね。また怒られたら怖いので一応お母さんに聞いてみた。お母さんはスマホで調べていた。

 本当は猫用シャンプーで洗うみたいだけれども無いのでせっけんで洗ってと言われた。家で石けんを使ったことはない。お母さんはどこかから石けんを持ってきた。あったんだ。


 実際じっさいやってみると大変だった。お湯をかけたら猫がさらに小さくなっちゃったし、どのくらい力を入れてこすればいいのかも解らない。子猫だからあんまり力を入れちゃ駄目だめだよね。私は優しく洗った。


 ようやく洗い終わってリビングに連れて行ったら猫は思いっきり体をふるわせた。水滴すいてきがじゅうたんに飛び散った。うわぁ、早くかなきゃ。お母さんはお風呂を洗っている、いつもより丁寧ていねいに。雑巾ぞうきんの場所が解らないのでティッシュで拭いた。濡れたままで風邪をひいたら大変。お母さんに聞いて、電気のストーブを出した。


 猫に牛乳をあげたらぴちゃぴちゃと音を立てて飲んだ。可愛い。お腹がいていたのかな、すごい勢いで飲んでいる。牛乳がつぶになって猫のほっぺに飛んだ。それからも毎日ごはんをあげた。猫は警戒しているのかなかなか近寄ってくれない。

 


 月曜日になった。約束の四日間が終わった。私が学校に行っている間に猫を元の場所に置いてくると言われた。私は反対した。けれどもお母さんに「四日間だけの約束だったでしょ」と厳しい顔で言われた。


「私は福耳ふくみみだよ」

 私の最後の反論だった。私は伯母おばさんに福耳だから縁起が良いと言われていた。だから私の喋ることや行動はハッピーに向かうって言われた。それからハッピーって言うのが口癖くちぐせになった。けれども無視されて無情むじょうにも学校に行く時間になってしまった。


 とてもゆううつな一日だった。桜と礼香に猫の話をした。二人とも一緒に落ち込んでくれた。


「桜の言う通りだったよ。勝手に飼うことに決めて超怒られて怖かった」

「結局猫はまた捨てられるんだね」

 桜の言葉がぐさりと刺さった。


「美南は後先あとさき考えないで動いちゃうもんね。それが良い所でもあるんだけどさ」

 礼香の言葉もぐさりと刺さった。私はいつもよく考えないで行動してしまう。それで失敗をしてよく落ち込んでいる。この二人に慰められたり指摘されたりしている。色んな感情が起こっているうちに違うことを考えてしまう。気づいたら放課後になっていた。



 家に帰ると猫はいなかった。猫はまた捨てられたんだ。私は泣いた。私が気まぐれで拾って、飼えると思ったのに飼えなかった。猫は飼い主が見つかったと思って喜んでいたかもしれない。ぬか喜びをしたあとでまた捨てられるなんて、もっと苦しいと思う。猫に申し訳なくて泣いた。ごめんね。

 にゃあ。幻聴げんちょうが聞こえる。鼻水をすする。にゃあ、にゃあ。あれ? 幻聴じゃない。私は玄関へ走った。戸を開けると今朝まで我が家にいた猫が座っていた。


「猫!」

 名前をつけていなかったので、猫と叫んだ。

「家を覚えてしまったのかしら……」

 うしろにお母さんが立っていた。私はお母さんを説得した。家を覚えてしまったのならまた来ると思う。私がちゃんと世話をする。あの四日間、お母さんだって猫が可愛かったんでしょ? そんなことを言ったら飼っても良い許可が出た。ちょっと信じられないけれど嬉しかった。


 私は猫の世話を一生懸命した。休みの日も一緒に過ごした。猫の名前はミルクにした。最初家に来た時牛乳をたくさん飲んでいたから。ミルクは私の足に体をくっつけてをした。これ、甘えているんだって。可愛いなぁ。


 ミルクを飼うことになった話を桜と礼香に話したら一緒に喜んでくれた。二人を家に呼んでミルクとご対面させた。二人とも「可愛い!」を連発していた。

 最初はミルクの話で盛り上がって、だんだんゲームの話になっていった。私は今、ゲームよりミルクなんだよなぁ。でもつきあいがあるから話を合わせていた。


 

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