第40話 クリスマスプレゼント
河原では長老や他の人魚たちも集まって、宴会が開かれていた。
みんな、蜂蜜酒や葡萄酒を飲みながら、魚料理をぱくぱく口に運んでいる。
「モニカだ」
「おーい、こっちへおいで」
「煮魚をお食べ」
はぐはぐ、とモニカは遠慮せずに食べた。
人魚たちは人間のカトリック教徒の歌を真似て歌っている。
主は生まれたもう
主は我らを救いたもう
天使たちは歌いたもう
王たちは歓迎し
羊飼いは歌い
牛はひざまずく
奇跡が、奇跡が顕現した
歌を聴きながら、モニカは、あまりにも美しい魔法を体験した。体が宙に浮いて、自由に空を泳ぎ回る夢だ。周りでは光の鳥が戯れている。人魚たちは手を取り合って空を泳いだ。モニカも仲間に入れてもらい、さらなる高みへと飛翔した。雲の絨毯の上にふわりと着地すると、そこにはカヤがいた。いい香りのする風が吹いている。
カヤは切ない恋の歌を独唱した。
叶うものならもう一度
あなたと共に歌いたい
川辺にあなたと二人きり
恋の夢を見ていたい
カヤが隣に手を差し伸べると、ぼんやりと、霞のような塊が現れた。塊はだんだんと形をはっきりさせていく。モニカが瞬きすると、それは一人の若い人間の男の姿になった。
モニカそっくりの水色の瞳。
この人が、私の。
モニカは思わず手を差し出していた。父親の像はモニカの手を優しく握り返した。がっしりとした温かい手だった。髭に覆われた口元がにっこりと笑った。
「わあ……!」
やがてカヤは歌い終え、父親の姿は溶けるようにしてかき消えた。
他の人魚たちも歌い終わって、辺りはいつもの河原に戻っていた。
人魚たちの渾身の夢物語、そして父親の幻想。
モニカはどうやら、ユダヤ教の祭日である「過越の祭り」や「ハヌカ」の時よりも、遥かに素敵なクリスマスプレゼントをもらってしまったようだ。
それからはまた宴会の始まりだった。魚をたらふく食べて、モニカはまさに夢心地だった。
やがて人間界のモニカが疲れてきたので、さよならをしなくてはならなくなった。モニカは何度も何度もありがとうを言った。途中で様子を見にきた赤ちゃん人魚にも挨拶をした。
「では、失礼します。本当にありがとうございました」
「達者でな」
「生き延びるんじゃよ」
人魚たちの声援を背に、モニカは人間界に魂を引き戻した。
部屋は、暗い。
窓際に、コルチャック先生が立っていた。
口を半開きにして、外を食い入るように眺めている。
「先生?」
モニカは心配になって尋ねた。
「ああモニカ、歌はもういいのかい」
「はい、お腹いっぱいです。それよりも、何かあったんですか」
モニカは先生のそばに歩み寄り、窓の外を覗いた。
真っ暗な中、ドム・シェロトの前に、一台のトラックが停車している。
「あれは何ですか?」
「分からない。様子を見てこよう。君はここで小さい子を見ていてくれるかな」
「はい……」
先生は程なくして、眼下のトラックのもとへ現れた。モニカは心配になり、窓から様子を注視した。
暗くて分かりづらいが、ゴミのようなものが荷台に山と積まれている。そこへ運転手が手を突っ込んだ。取り出されたのは──綺麗にラッピングされた小さな箱。
(あ……!)
コルチャック先生が、運び手のポーランド人らしき男たちに何度も何度も頭を下げ、一人一人と抱き合っているのが見えた。
モニカは足音を殺して部屋を出て、玄関口まで小走りで向かった。
ゴミでカモフラージュされたトラックの荷台には、ポーランド人から子どもたちへのクリスマスプレゼントが積まれていた。包みを手に取って振ってみると、がさがさと音がして、何らかの食べ物が入っているのが推測できた。
ユダヤ人にものを贈るところをゲシュタポにでも見つかれば、まず間違いなく処刑される。それなのにこのポーランド人のレジスタンスの人たちは危険を犯して、子どもたちのために、こんな素敵なものをくれた。ポーランド人だって、占領下で貧しい生活を強いられているというのに……。
モニカは孤児院のスタッフたちと一緒になって、その綺麗な箱を運び入れるのを手伝った。コルチャック先生は部屋へ取って返し、この勇敢で親切なポーランド人有志たちのために、簡素な礼状をしたためた。
翌朝の子どもたちの喜びようといったら。包みを開けると、中にはチョコレートやビスケットなどの、貴重な甘味が入っていた。ドム・シェロトには喜びの声が満ち、子どもたちの顔には笑みがあふれた。
ここでの生活ではどうしても、人間の嫌な面や醜い面をたくさん見ることになる。だからこそ、この小さな勇気と善意が、いつにも増して心にどこまでも暖かく染み渡る。
荒んでしまったこの生活では忘れられがちなこと。人の心とは、絆とは、本来とても美しく、尊いものなのだということ。
子どもたちは、顔も知らない優しいポーランド人たちに、感謝の念を込めて、クリスマスキャロルを歌った。輪になって手を繋いで、踊った。モニカもそばで楽しく歌い、魔法の紙吹雪や柊の葉を、そこら中に撒き散らした。
共にゆこう、共にゆこう
そして主を歓迎しよう
王の中の王、王の中の王
敬愛すべき主よ
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