第2章 孤児院での生活

第6話 ドム・シェロト

 さて、ドム・シェロトの子どもたちにはみな親が無く、しかもユダヤ人だから、他のカトリック系などの子どもたちから迫害を受けることがままあった。

 モニカが八歳の誕生日を迎えたころ、いじめはいっそうひどくなっていた。子どもたちはドム・シェロトから学校へ通っていたわけだけれども、日曜日に登下校していると、キリスト教系の学校に通う子どもたちから、罵られたり、物を投げられたりした。体が小さくて足が弱いために歩くのが遅いモニカは、いつも高学年の男の子に守ってもらっていた。

 それでも、ドム・シェロトに帰れば安心だった。

 もちろん、ドム・シェロトの子どもたちの間でも諍いはある。たとえば、体格の同じくらいの子どもたちが殴り合うことはあった。でも、理不尽に人を殴ることは禁止されていた。代わって、風変わりなルールがあった。どうしても腹が立って相手を殴りたい時は、掲示板にその子の名前を書く決まりになっていたのだ。こうするとほとんどの子は、そのうち殴る気を失くして書き込みを取り下げた。

 他にも、ドム・シェロトの子どもたちが悪さをすることはあった。罵ったり、殴ったり、時には何かを盗んだりなんていうことも。そういうことがあると、他の子が掲示板に訴えを出す。そうすると、子どもによる裁判が行われ、判決に従って注意をされるという決まり事まであった。

 加えて、「仲間評価」というシステムもあった。子どもたちが投票で、その子を仲間にしたいか、したくないか、分からない、の三つのうちどれかを選ぶのだ。「仲間」と認定されるのは名誉なことだった。みんなに優しくしていれば、高評価をもらえる。だから多くの子は、いじめや悪さをしないよう心がけた。

 モニカは、とても大人しい女の子で、歌も上手かったから、ドム・シェロトでは結構うまくやっていた。争い事には巻き込まれなかったし、みんなからの投票結果も悪くなかった。ただモニカは目立つことがそこまで好きではなく、普段はみんなの後ろに隠れてひっそりと座っていた。子どもたちに歌を歌ってみせる時も、たまに恥ずかしがるような素振りを見せるようになってきた。

 しかしコルチャック先生は、一人一人の子どもの才能を伸ばすのが抜群にうまい人だった。先生はモニカに、もっと自信を持って欲しいと考え、モニカのためにこのような提案をした。

「今度、音楽界を開こうと思うんだけれど。君が中心になって、歌を歌ってくれないかな」

「え……私ですか?」

「そうだよ。みんなに沢山、歌の魔法を見せてやって欲しいんだ。頼めるかな」

 恥ずかしいし緊張するけれど、他でもないコルチャック先生の頼みなら、とモニカはこれを承諾した。そういうわけで、いつも孤児院の隅っこで歌っていたモニカは、初めて堂々と人前に立って歌った。ピアノの上手い子がグランドピアノで伴奏をつけてくれた。

 モニカは、次第に歌に夢中になっていき、魔法でさまざまなパフォーマンスをしてみせた。

 観客は大いに沸いた。子どもたちの目には、小鳥の群れが羽ばたいているのが見えたし、音楽に合わせて爽やかな風が吹き渡るのを感じたし、虹色のリボンが変幻自在に舞台を飛び回るのが見えた。こうして音楽会は大成功を収めた。

 それからというもの、モニカは、人前に出ることや、自分の主張をすることに、ちょっぴり自信を持てるようになった。

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