それが俺の冒険譚
日下のかげ
序章
『せめて、幸あらんことを』
青い空、白い雲。前日降っていた雨が嘘のように晴れ渡った空。世界は平凡で、変わりなく、ただただひたすらに脱落した者など無視して動いていく。まるで止まることを忘れたゼンマイ仕掛けの人形のように、まるで坂を転がるボールのように。
目にかかる茶髪が、空を見上げた視界の端で風に揺れる。規則として着ていた学ランが残暑が残る日差しを思う存分吸い込んで、熱を持つ。
少年の世界は停滞していた。否、少年は進むことを恐れて、進むことをやめた。故に、少年の世界は世界から置き去りを食らっていた。
そんなことは重々承知していた。十二分理解していた。だが、それの何が悪い。悪くはないはずだ。手のひらで
何が悪かったか。
果たして、それを答えられる者がいるのかは定かではないが、あえて答えるとするのであれば、「運が悪かった」それに限るのかもしれない。
中学入学と同時に尊敬していた父親は事故に遭い帰らぬ人となり、母親は働き詰めとなり精神を病んで故人となった。
ただただ、普段と同じように、平凡な世界に浸っていた矢先に、何も守るすべなど持たない少年が、その平凡に何の疑問も持たず、平凡に過ごしていただけで世界は崩壊した。
少年の身の上を憐れむ親族。腫れ物に触れるように接する教師。まるで化け物を見るように、呪いを体現する存在を畏怖するように少年を避ける元友人たち。
居場所がなくなった少年は、その憐憫を、同情を、恐怖を利用して、世間からの関係を絶った。
施設に入り、学校と施設との往復を繰り返すだけの毎日。
引き篭もっても良かったのかもしれない。それでは心配される。そんなモノいらなかった。だからそうしなかった。
別に取り残されたのを認めるのが、負けたと思うのが
あるいは、その感情を孕んだ視線が増えてしまうことが恐ろしかったのかもしれない。
そして、それは少年が高校に入学し、その半分を経験して尚、変わらない。
それは修学旅行という場に於いても変わらない。
元来、修学旅行という場は、学生にとっての待望の場であるはずだ。全てを覚えていることはないだろうが、誰しもいくつになったとしても、その記憶の隅には、その場での出来事が色褪せずに残っているはずなのだ。
しかし、少年の視界には依然として色褪せた世界しか広がっていなかった。
何も変わらない世界。平凡な、それでいて停滞した、色のない世界。
――――そして、世界は異物を拒絶する。
否、とうとう世界すらも少年を哀れんだのかもしれない。
居場所を失い、世界すらも呪い始めてしまった少年を、せめて救おうと、世界から排することで、せめてもの救いを与えようとしたのかもしれない。あるいは、そうなってしまった少年を予てから救おうと、目をつけていたのかもしれない。
だからこそ、神社や仏閣が集ったこの地で、様々な境界が張り巡らされたこの地で、この機を逃せば、次に機会が訪れることはないだろうと、そう判断した世界は少年を排するために、その権利を行使する。
――ずぶり、と足元が沈む感覚が少年を襲った。
あ、と声が漏れる。
バランスを崩した体はそのまま地面に叩きつけられるようにして、その距離を詰めていく。痛みに慣れたということはない。だが、どこかで思ってしまっていた。
もう、どうでもいいか、なんて。
だからこそ、世界はその行く末を
せめて、次の世界は汝に幸あらんことを。
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