笠地蔵が恩返しをしてくれたのはいいんだが大変なことになってしまっている件

カダフィ

第1話 ある雪が降る夜

「あれは今夜みたいに雪がコンコンと降り積もる夜じゃったぁ」


 爺ちゃんは囲炉裏の火を突きながら話し始めた。


 昨日から降り始めた雪が炭のパチパチと弾ける小さな音まで吸い込んでゆく。


 オイラはワクワクしながら大好きな爺ちゃんの言葉を待っているんだ。


 爺ちゃんはズーッと鼻をすすり

「夜中にな、遠くからシャリーン、シャリーンって音が聞こえて来たのさ」と言ってニッコリ笑う。


 「ありゃあもう一昔も前の事じゃのぉ、ワシもまだ若かった......」


———-//—//———


 あれは昨日こさえたミノと傘を背負って隣町まで行商に行った帰りだったわけさ。


 朝から降り続く雪でせっかくババが夜なべして編み上げたミノと傘も売れ残っちまった。


ザク ザク ザク


 全部売れたら味噌なべの具材でも買って帰るべぇ


ザク ザク


 なんて考えていたもんだからオラはガックシきちまって帰りの足の重いのなんの。


 帰りを待つババの顔が目に浮かんでの。

 どうすベェなんて思っていたわけさ。


 はぁ〜。


 ほったらの。

 雪まみれのお地蔵様がいたわけさ。

 ありゃあ、まぁお気の毒に。


 首から手拭いを外すとお地蔵様の雪を丁寧に払ってやって、売れ残っちまった傘とミノを被せてやったのさ。


 全部で7柱くらいだったかの。


 最後のお地蔵様にミノと傘を掛け終わるとナンマンダブ ナンマンダブって拝んだわけさ。


 うちに帰るとババが待って居ってな。


「ババ 雪で売れんでな。悪いなぁ……売れ残りもーーー」

 地蔵様に掛けてやった話をした訳さ。


 苦労して作ったミノと傘を捨ててきたようなもんだもの。叱られると思うたさ。


 ところがババは

「そりぁ良い事をした。仏様も喜ぶじゃろ」

 なんてはぁ言うもんだから、体も冷え切って腹も空いてたけんど胸の内ぽかぽかしての。


 菜っ葉汁だけ飲んで寝ちまったのさ。


 そったらの。

 シャリーン、シャリーンって音が遠くから

聞こえてきての。


 うちの前で止まるんだ。


 ワシは恐ろしゅうて恐ろしゅうて。


 ゴトリッ!


 って音がしたときにゃ心の臓が止まるかって思うたさ。


 爺ちゃんはふふふと笑った。


 オイラの目がまんまるだったからだろ。


◇◇代官視点◇◇


 元亀3年2月10日


 〇〇の国 山田村 代官大谷惣右衛門記す。

山田村に住うゴンゾより届け出あり。


 米俵 30俵

 金  5000両


 家の前にて発見し候。


 ふうむ……ここまでで筆を止めた。


「ゴンゾとやら。お主本当に心あたりはないのだな? 隠し立てすると容赦はせぬぞ」


『神陰流』気合いの気迫を込める。


「か、隠し事なぞしてねっ。朝起きたら家の前に置いてあったんで届けただけだぁ」


 庄屋の大山兵衛門が重ねて言う。


「この度のことは、このゴンゾから相談を受けまかり越したのでございます。

 ゴンゾは正直者で孝行ものと評判も良く、嘘をついておるとは思えません」


 冬に関わらず剃り上げた頭から汗が吹き出している。


 ふむーーー。改めてゴンゾを見る。


 悪党には特徴がある。ウソを突くヤツは目線が泳ぐのだ。口元も僅かに動く。言い逃れようと考えを巡らせ無意識に動く。


 年の頃は16、7と行ったところか?

 身の丈6尺の偉丈夫で涼しい目元をしている。 

 スッキリと通った鼻筋。キリリと結ばれた唇。

 何より印象的なのは澄んだ目だ。まっすぐに見つめてくる。


 ふむーーー善人の目だ。


 しかし百姓にしておくのは勿体ないな。剣術でも習わせれば良い筋をしてるやもしれぬ。


 いや、よそう。拉致もない。


「ならば聞く。となりのスケザの件だ。今朝方撲殺されて見つかった。何やら目撃されておまえが殺めたのではないのか?」


「俺でねぇっ、俺もスケザが倒れてたんでびっくりして庄屋様とお役人様に届けたんだ。

 俺がしたんならそんな事しねぇ!」


 まっすぐに見返してくる。


 ふむーーー道理は合っている。


 この長閑な田舎村に僅か一日の間に大金の落としものと殺人事件か。物騒な世になったものだ。


 全てこのゴンゾの周りで起こっている。

 しばらく留め置いてもう少し事情を探らねばなるまい。


—ゴンゾ目線——


 その日の夜。

 留め置きを命じられて離れに俺はいる。

 ババの面倒は庄屋の大山兵衛門が引き受けてくれた。


 罪人ではないので牢屋では無く離れに監禁されている。

 わざと鍵も付いていない。


 逃げ出そうものなら罪を着せて処分し、一件落着としたいところなんだろう。


 なんでこうなった?!


 今朝の話だ。

 朝になって恐る恐る戸を開けると山と積まれた米俵と千両箱が置いてあった。

 夢の中かとバチーンと頬を叩いた時だ。


 隣のスケザが庭先で倒れている。

「おい、 スケザ! そったら所寝てたら死んでしまうベェ? おいっ」


 死んでいた。


 いつも水飲み百姓だの肥くさいだのバカにして虫の好かぬヤツだったが、幼い頃から知っているヤツだけに驚いた。


 近づいてみると頭から血を流していた。

 頭蓋骨がベッコリ凹んで。


 うぷッ 


 吐き気がこみ上げる。

 慌ててババを起こし、隣のカカぁを呼びに行かせる。


 そっからあとは何が何やら。


 なんて日だー!


 声を押し殺してウンウン唸っていると、部屋の隅でゴトリと石を動かす音がした。


 ムギッ!


 ムギッ! ムギッ!


 変な声もする。

 月明かりを頼りに目を凝らしてみると、お地蔵様が立っている。


「あっ? え? お地蔵様?」


 とりあえず拝もう。

 ナンマンダブ ナンマンダブ。


 あ、お供えものがねぇや。


 ぐぅ~~~っ

 昨日から菜っ葉汁しか食ってねぇし。


「お地蔵様。すまないんだけんどお供えするものが何にもねぇんだ。昨日からすまねぇこって、堪忍な。」


 ムギッ!

『のんきなヤツじゃ!』


 喋ったぁぁぁ!


 お地蔵様が喋ったぁぁぁぁぁぁ!

 訳されて理解できちゃうのが更に不思議!?


 ムギ! ムギ! ムギーッ

『もう暫くすると接収されたお宝目当に、盗賊が襲撃してくる』


 ムギ!

『逃げよ!』


「何奴?! 曲者かッ、出会えーっ! ぐわぁぁぁぁーーー」

 外からバタンバタンと大きな音と怒号が聞こえてきた?!


「くおら!お宝はどこやったあ? ありぁオレたちのもんだッ! 赤鬼弁天丸様のお宝返してもらおうか!」

 鼓膜が割れるような大音声だ。


「おのれ! 不届きものめっ、代官所を襲うなぞ血迷ったか? この痴れ者がっ。

 出会えっ、出会えーっ!」


 あ 昼間の代官様だ。


 キン、キン、ガシャーン……。


「ぐおッ」


 代官様がやられた?

 こっそり外を覗いてみると代官様が肩口を押さえて膝をついている。


「やめろーーーーーーっ」


 俺はもう気がついたら、代官様と赤鬼弁天丸の間に走り出していた。


 時間がゆっくりと流れる。


 昔。爺ちゃんが言っていた。

 おまえには剣聖“上泉信綱”様と同じ血が流れていると。


 だから逃げきれねえ時、切り掛かって来られたら腰にしがみつけ。

 持ち上げちまえば腕の差なんて関係ねぇーーーって教えてくれたんだ。


「のぁぁぁぁぁぁ!」


 あっと言う間に赤鬼弁天丸にとりついて持ち上げた。


 日頃クワを振るっているだけに足腰には自信がある。


「な ななな!? なんだ、テメーわっ!?」

 赤鬼弁天丸が足をバタバタさせているがそんなことお構いなしに立ち上げてーーー


「どおりゃーーーーっ」


 どっすーーーんっ!


 地面に叩きつけた。


「ぐぅー」

 背中をしたたかに打ち付けたせいか、赤鬼弁天丸は息が止まってしまったようで目を白黒させていた。


「あっ 兄貴ぃっ、コンチクショー! おらぁっ、青鬼じゃあっ、死ねやー」


 後ろから割れるような大声がした。

 これまた7尺に届きそうな大男だ。棍棒を振り回しながら駆け寄って来る。


 うわぁっ、殺される!? 棍棒が頭に振り下ろされた瞬間。

 閃光が走り棍棒が弾け飛んでいた。


 え? 


 恐る恐る目を開けるとお地蔵様の口から白い煙が上がっていた。

 月光を反射して黒く光っている?


 手下たちが集まって来た。20~30人はいるだろうか?


「テメェッ、ぶっ殺してやらぁッ」

 口から泡を吹きながら、次々と獲物を持って突っ込んで来た!?


 う、うわーーーーーーーっ


 死んだ……覚悟した刹那、お地蔵様の両眼が カッと見開かれ閃光が走った。


 バシュ! バシュ! バシュ!ーーーーーン!


 次々と盗賊どもがなぎ倒されていく。


「ばっ、バケモンだーーッ!」

 スタコラと盗賊どもが逃げていった。


 な、何が起こった?


 ムギ! ムギ! ムギ!


 見ると青鬼が赤鬼を抱えて逃げて行く。


 し、死なずに済んだ……。

 そう思ったら力が抜けて地面にへたり込んだ。


 ふぅ。


 お地蔵様が守ってくださった。

 ありがたい。ナンマンダブ ナンマンダブ。


 俺はお地蔵様に手を合わせ拝礼した。


—-//————//———-


 後から聞いた話だが、スケザは青鬼に殺されたそうだ。


 物音に気付いて近づいたところに、お宝を探してうろついていた青鬼と鉢合わせして、撲殺されたらしい。


 青鬼も1人じゃ運べないので翌朝手下と運び出そうとしたところ、とっくに騒ぎになっていて運べなかった。


 それでお宝が代官所まで運ばれるのをつけて夜襲をかけたってわけだ。


「なんで爺ちゃん知ってるの?

 お地蔵様はお宝を盗賊から取ったの?」


 オイラは不思議になって尋ねた。


「なんでだろうな? 赤鬼? 青鬼?」


「まぁたその話でござるか? まあ、昔話でござるよ」

 すっかり白髪頭の好好爺になった赤鬼が、頭をかきながら笑う。


「殿、それ位にしておやりなさいませ。赤鬼殿がおらねばわが家はここまでなりませんでしたゆえ」


 老いたとはいえ美しさを保っている奥方“小夜”が白湯を携えて入ってきた。

 あの時の代官の末娘だ。


 30畳もある大広間に赤鬼、青鬼を侍らせて孫の信行に昔話など話している。


 真ん中には陰作りで囲炉裏をこしらえた。

 床の間には7柱の地蔵様が鎮座している。


 灯明がゆらりと揺れて、お地蔵様がニッコリ微笑んで見えた。


 なぜこんなになったって?

 それはまた次の機会に話すかの。


 どっとはらい。

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笠地蔵が恩返しをしてくれたのはいいんだが大変なことになってしまっている件 カダフィ @yosinotyu

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