第22話 親友からのプレゼント!

 小倉の涙が引くのを待ってから、俺たちは教室へと戻るために立ち上がる。


「別に先に戻っててもよかったんだけど?」


 と、胡桃さんに言われたけれど断固として拒否する。というか胡桃さん、小倉に対する怯えがすっかりなくなっているじゃないか。いい傾向なのは間違いないだろうけど純粋すぎて将来的に壺とか買わされそうで心配だ。


 ……まぁ、夫として守るんだけども。

 なんてことを思っていたら、


「そうだよ、戻ってても、よかったのに」


 小倉がそんなことをのたまった。こいつ……本当に反省してるのか?

 というか、どれだけメス堕ちしているんだ。いや、まぁ、胡桃さんがそれだけ魅力的なのだから当然と言えば当然なのだが……。


 胸中でため息をこぼしつつ、先に階段を降り始めていた胡桃さんの背中を追おうとして——くいっ、と後ろから袖口をつかまれる。階段の構造上、小倉の方が上に立っているが身長差から目線が合った。


「……どうした?」


 どこか真剣みを帯びた表情に、こちらもまじめに聞き返す。すると彼女は大きく深呼吸した後、告げた。


「ありがとう。それから、ごめんさい」


「……」


「それだけ。言いたかったから」


 予想外の言葉に固まっていると、彼女はタタタッと階段を下りていき、胡桃さんの下へ。そしてそのまま腕に抱きついた。困惑した表情を見せつつも、しかし拒絶しない胡桃さんと、申し訳なさそうな表情で、されど近付こうとする小倉。


 言いたいことは多々あるけれど、ともかく俺はこう告げることにした。


「そこは俺の場所だァ!!」



  ☆



 教室に戻ったころにはすでに帰りのホームルームが行われていた。淡々と物部先生が連絡事項を語る中、ガラガラと音を立てて部屋に侵入するのはアウェー極まることこの上ない。都合、教室のいたるところから視線がグサグサと棘のように突き刺さる。


 二人に注目が向かないように先陣きってずんずん教室に侵入すると、物部先生と視線が合った。


「おう、さっさと席に着けー」


 どうやら今この場で何か小言を言うつもりはないらしい。

 以降は普段と変わらぬホームルームを過ごし、放課後。クラスメイト達は俺たちにちらちらと視線を向けつつも、しかし話しかけるようなことはなく、それぞれの放課後活動へと赴いていった。


 胡桃さんが彼らに何を言ったのかは知らないが、すぐに状況が改善に向かうことはそうないだろう。こればっかりは仕方がない。人間とはそういうものなのだから。


 なんてことを考えていたら、


「よっ、きっちーくんからプロエスケーパーにジョブチェンジしたのか?」


 一人の生徒が片手をあげて意気揚々と話しかけてきた。


「だからそのあだ名は少しまずいんじゃないか? コンプライアンス的に」


「そうか?」


「まぁ、一応誉め言葉として受け取っておこう」


「きっちーを誉め言葉として受け取るのはお前くらいだろうよ」


 そりゃそうだ。


「それで、それはなに?」


 彼がこれ見よがしにひらひらさせていた一枚のプリントに視線をやりつつ尋ねる。


「ああ、これな。お前へのプレゼント」


 そう言って手渡されたプリントには、修学旅行の自由行動班のメンバーがずらっと記されていた。そういえば、そんな話をしている最中に小倉の一件が発生したんだっけか。


 俺と胡桃さんはあの段階でハブられていたし、小倉もまた同様だ。こうしてプリントを手渡してくれるということはすでに決定したのだろうが、果たして……。


「……流石は親友って感じ」


 視線を落としたメンバー表には、俺、胡桃さん、小倉、そして桐島くんの名前が記されていた。しかし胡桃さんと小倉を同じ班にした、というのは俺が二人の一件をどうにかするという確信があったのだろうか?

 その旨を聞いてみると、桐島くんは苦笑いを浮かべる。


「いや、そこを提案したのはお前の彼女だよ。俺は最低人数になるように入っただけ」


 それを聞き、教室の後方に位置する自席にて帰宅の準備を行う胡桃さんに目をやると、一瞬顔を上げた彼女と目が合った。かわいい。逸らされた。かわいい。


「なーにイチャイチャしてんだよ」


「胡桃さんが可愛すぎるのが悪い」


「あー、はいはい。ごちそーさまでーす」


 あきれたように手をひらひらと振って、桐島くんは背を向ける。これから部活なのだろう。そのまま教室のドアへと向かう彼の背中は、なんともイケメンだった。彼の将来はイケオジに違いない。

 そんな寸感を抱きつつ、俺は俺で胡桃さんの下へと向かっていった。



  ☆



 修学旅行を二日後に控えた本日は土曜日。

 持っていくものなどはすでに準備万端のできる男である俺は、朝からため撮りしていた深夜アニメを鑑賞中である。


「彼女出来たのにオタクってる」


「彼女が出来たからって別にアニメを見てもいいだろうが、霞」


 というか君も後ろからアニメ見てるの知ってるから。ちゃっかりお兄ちゃんの見てるアニメを盗み見て、推しキャラ作ってるの知ってるから。


「もしかして、もう飽きられたの?」


「そんなことない! それはもう全力でいちゃいちゃしているぞ!?」


「……教室で?」


「? そりゃあ、まあ」


 何を当然のことを、と返すと「うへぁ」と素っ頓狂な声を上げた。絶対女の子が出しちゃダメな類の声だ。


「そんなんで、胡桃さんに友達出来るの?」


 ふと、霞はそんなことを聞いてくる。

 確かに、常日頃から彼氏である俺が近くにいたら、話しかけるような人間は少ないように思えるが……。


「まぁ、何だろうな……最近仲良くしてる女の子はいるよ」


「おぉ、吉報じゃん」


「……いや、まぁ、そうなんだけど」


 思わず口ごもってしまうのは仕方がないだろう。

 先日の一件以降、胡桃さんと小倉の中は縮まった。というよりも、小倉がぐいぐい行く。そりゃあもう、ぐいぐいと。それでいて、胡桃さんの迷惑にならない程度には距離を置いている。


 例えば、胡桃さんが俺と話しているときは、あまり話に入ってくることがなく、代わりに俺が所用で離れているときは小倉が話しかけている、という具合だ。めっちゃ空気読んでてどうしよう、って感じ。いや、胡桃さんの笑顔も増えていることだし、良いことには変わりないはずなんだけど……。


 だけど、こう……何だろう。


「すごく、もやっとする」


「へー、兄貴って嫉妬深いんだ」


「そうかもしれん」


 でもこればっかりは仕方がない。愛しているのだから。


 そんなことを霞と話し合っていると、スマートフォンが震え出した。確認すると着信である。名前を確認すると、そこには古賀胡桃の文字。

 大慌てでリビングを飛び出し電話を取った。


『……も、もしもし?』


 電話口から聞こえてきたのは天使の声かと間違えるほどの美声。

 顔良し、性格良し、声良し。神が作り出した最高傑作かな?


「愛してるよ、胡桃さん」


『い、いきなり!? ま、ま、まぁ、もうさすがに慣れてきたけど?』


 どう考えても慣れてるとは思えない。電話口で真っ赤になった胡桃さんを容易に想像できる。


「胡桃さんは可愛いなぁ」


『っ、い、いきなり何っ!? ばかなの!? ……って、それより、は、話があるんだけど!』


「話? 結婚について?」


『も、もう! そう言うの・・・・・じゃなくって……っ!』


 胡桃さんは一呼吸入れると、少し落ち着いた声で告げた。


『今日、暇? よ、よかったら、うち来ない?』


 突然のお誘いに、されど俺の答えは決まっていた。


「喜んで!」


 元気に返答した後、リビングに顔を出して霞に出立を告げて、準備を整えいってきます。ふと、玄関を出るとき、リビングのドアの隙間から霞がこちらを見ていた。


「どうした?」


 尋ねると、霞は「なんでもない」と残してリビングに引っ込んだ。

 別段いつもと変わらないように思えるが、声色的に若干機嫌が悪そう。何故だろう。


「帰りになんか買って帰るか」


 そんなことをぼやきながら、俺は胡桃さんの家へと向かった。



――――――――――

 明けましておめでとうございます(大遅刻)。

 それと遅れてすいません! これからは少しずつ投稿していけそうです!

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