第15話 思春期だから仕方がない!
認めると、心がきゅっと痛くなる。
好き——私は、古賀胡桃は、彼のことが好き……。
「……っ! ど、どうしよう!」
「何がですか?」
「な、何が、だろ……と、とにかくどうしようっ」
ど、どうしたらいいんだろ。人を好きになるの何て初めてのことだから、どうすればいいのか全然分かんない。ただ心がざわついて、なんだか落ち着かなくて、もじもじと足を動かす。
「胡桃さんとしてはどうしたいんですか?」
問われて、私は考える。
どうするか。世間一般ではこういう場合、やはり告白して交際するというのがセオリーなのだろうか?
試しに私は、彼と付き合った場合のことを考えた。
まず間違いなく毎日一緒に登下校する。学校でも一緒に過ごして、お昼時にはあーん、なんてして、それで出来れば二日に一回は泊まりに来てもらって、家では一緒にご飯を食べて、シャワーを浴びて、ソファーに座ってキスをして、それでその後はベッドで——。
「胡桃さん? 顔真っ赤ですけど大丈夫ですか?」
「へっ!? だ、大丈夫だけど!?」
「……何考えてたんですか?」
「え、えっと、その、つ、付き合った場合のこと、とか?」
まさかあなたの兄と最後まですることを妄想していましたとは言えない。しかも一度経験済みであるために、かなり鮮明に妄想していたとも言えない。
「……なるほど」
何とか誤魔化せたかな、と思っていると、霞ちゃんはニッと口の端を吊り上げた。
「胡桃さんって、案外すけべなんですね」
「~~~~っ! ち、ちが、違うから!」
「別に誤魔化さなくてもいいですよ。私も甥っ子姪っ子が出来るのは嬉しいので」
ニヤニヤと笑みを浮かべる霞ちゃんを見て、状況の打開は難しいと判断。私は強引に話題の変換を試みた。
「と、とにかく、その、付き合うって言うのは、ちょっと難しいかも!」
「どうしてですか?」
「……そ、その……、たぶんハマる」
「? ……ハメるの間違いでは?」
「霞ちゃん!?」
「おっと失礼。兄貴の変態が伝染したみたいです。……それで、ハマるとは?」
何事も無かったかのように話を続ける霞ちゃんだが、私は先ほどの言葉に驚きを隠せない。と言っても、掘り返すほど私は下ネタに強くないので触れないが……。
「その……私ってクラスで孤立してるから、今お兄さんと付き合ったら……たぶんダメになる」
私は彼が居たから今を生きている。そして何とか学校にも通えてる。だけど……いや、だからこそ、近付きすぎたら離れられなくなる。際限なく甘えてしまうだろう。
「あー、なるほどなるほど」
「……」
「いや、今のは下ネタじゃないです」
「……わ、わかってるから!」
ダメだ、先ほどの発言で霞ちゃんが変態にしか見えなくなってきた。
「っていうか、キスしたんですよね? 今更じゃないですか?」
「うっ……」
「手を繋いで、腕を組んで、抱き合って、キスして? それこそ残ってるの何て一つしかないじゃないですか。そこまで来たらもう、あんまり難しく考えずに付き合ったらいいんじゃないですか?」
その言葉を受けて、私は内心思った。——霞ちゃん、残ってる物なんて何もないんだよ、と。私が一番の変態である。
「で、でも……」
「まぁ、確かにどうするのかは胡桃さんが選ぶことですし、すぐに決める必要も無いとは思いますけどね」
「……うん」
霞ちゃんは最後に「相談にはいつでも乗るので、遠慮なく連絡してくださいね」と言って話を切り上げた。
これ以上長居をしているとご両親が帰ってくる可能性もあるのでそろそろお暇させていただくことにする。正直、こうして遊びに来た以上、挨拶するのが常識だと思うけど、個人的に顔を合わせたくなかった。
別に彼女かなにかと勘違いされる分には問題ない。ただ――息子さんの寝込みを襲ったことがあるので顔を合わせにくいのだ。
「それじゃあ兄貴も待ってますし、そろそろ行きましょうか」
「う、うん」
私は霞ちゃんに連れられて彼が待つ階下へと向かった。
☆
女の子二人の会話がなされている部屋の外――より正確には家の玄関付近で俺は、忠犬ハチ公よろしく二人が来るのを待っていた。
因みにコートを着て靴を履いている。別に今からどこかへと遊びに行くという訳では無い。胡桃さんを駅まで送るのだ。外は暗いので心配だからというのは表向きの言い訳で、本音は一秒でも長く胡桃さんと一緒にいたいだけなのだが。
それにしても、二人は一日で本当に仲良くなった。紹介した身としてはやはり不安というものは抱いていたわけで……しかし、先程の雰囲気を鑑みるにその関係はかなり良好なものに思う。
上がり
「え、な、なに!?」
「……っ」
頬を朱色に染めて、目を泳がせる胡桃さん。どうしたんだ、と彼女の後ろに控える霞に視線を向けると、苦笑を浮かべて頬を掻いていた。
「あー、なんて言うか……、と、取り敢えず兄貴に返すね」
「か、霞ちゃんっ!?」
「別に貸したつもりは無い。胡桃さんはずっと俺のだ」
「わ、私、あんたの物じゃないんだけど!?」
「そんなの分かっているよ。胡桃さんはずっと俺の大事な人だって意味だ」
「え……っ! あ、あぅ、え、っと……」
いつもなら、それも違う! と言い返しそうなものだが、胡桃さんは顔を真っ赤にして俯き、もじもじと指を突き合わせた。なんだろう、その反応。滅茶苦茶可愛いんだけど。
「えっと、大丈夫? 結婚する?」
「だ、大丈夫、だから……っ」
「ふむ、なるほど。つまりは結婚してくれると」
「し、しない! まだしないから!」
赤い顔のまま、きゅっと目を瞑って吠える胡桃さん。いきおいのままに口にした彼女だけれど、その言葉を流すことは俺にはできなかった。
「……ま、まだ、という事は、いつかは結婚してくれる……と?」
俺に指摘されて初めて、自らの失言に気付いたのか、胡桃さんは視線をさ迷わせながら、最終的に霞をその視界に捉える。
「あー、私宿題まだだった〜」
が、霞は階段を昇って自室へと消えていく。宿題なら仕方ないね。
「……」
「……」
残された俺たちは見つめ合って……。
「と、とにかく駅まで送るよ」
「……ん、うん」
空気を読まないことにかけては右に出る者はいないきっちーである俺も、さすがにこの状況で茶化すことは出来ず、そう提案することしか出来なかった。
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