第16話 美少女に提案してみた!

 十一月の夜ともなると、気温は一気にぐっと下がる。

 駅へと向かうために玄関の戸を開けると寒風が頬を撫でて体温を奪っていった。胡桃さんを伴って家を後にする。


「……」


「……」


 お互いになんと口にしていいのか分からず沈黙が場を支配する。

 それにしても予想以上に寒い。胡桃さんに至っては、昼間は暖かそうだと思ったが夜にもなるとかなり冷えるだろう。彼女は指先に息を吐きかける。白い息はそのまま中空へと昇り、宵闇に溶けて消えた。

 俺はコートを脱いで胡桃さんに差し出す。


「胡桃さん、これ着てよ」


「い、いいの?」


「もちろん。俺のコートは胡桃さんに着られるためにあるようなものだからね」


「……そ、その言い方はなんかアレだけど……うん、ありがと」


 コートに袖を通すと、袖口を口元へと近づけて「あったか……」と呟いた。何それ可愛いんですけど。というかもうあのコートは洗わない。今決めた絶対に決めた。


「……」


「……」


 ——会話が途切れる。


 先ほどの話に戻したい。そんな思いが強まるも、何と切り出せばいいのか。俺は数瞬思考を巡らせる。しかし結局は単刀直入に尋ねることに決めた。


「あのさ——」


「あ、あの——」


 口を開いた瞬間、胡桃さんも同時に言葉を発する。

 見事にかぶって、次が出てこない。

 すると胡桃さんが「さ、先に言って」と促してきたので、俺は首肯してから話を切り出した。


「……さっきの話なんだけどさ」


「……っ! う、うん……」


 切り出すと胡桃さんは肩を大きく揺らし、服の裾をキュッと両手で握った。その姿が可愛すぎて、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。出来ることなら婚姻届けを書いて、役所に提出しに行きたい。


「俺は胡桃さんのことが好きで、本当に愛していて、絶対に結婚したいって思ってる。この間、言い過ぎたら軽薄になるって忠告されたけど、それでも抑えられないくらい、俺は胡桃さんのことが好きだ」


 俺は真剣に告げる。ちらりと横目で胡桃さんの様子を窺うと、頬を朱色に染めて「……ん」と首肯していた。


「胡桃さん。胡桃さんは俺のこと……どう思ってる?」


 胡桃さんは僅かに迷うような素振りを見せたが、すぐに閉じていた口をゆっくりと動かして――。


「……き、嫌いじゃない」


「それって好きってこと?」


「…………」


 胡桃さんは無言だった。しかし、その頬は先程から変わらず朱色に染まっている。いや、頬だけでなく耳まで真っ赤だ。


「顔真っ赤だね」


「〜〜〜〜っ! あ、あんた達は兄妹そろって……っ」


「兄妹? 霞がどうかしたの?」


「な、何でもないっ!」


 顔を逸らして言葉を濁す胡桃さん。霞が何を言ったのかは知らないがおそらく二人が話している時に何かあったのだろう。分からない。分からないが、何となくわかったこともあった。


 いや、正確には分かったと言うより確信した。俺はそれを確かめるために、再度胡桃さんに尋ねる。


「胡桃さん、俺のことどう思ってる?」


「さ、さっき答えた……」


「うん、その上でもう一度聞いてる。そしてその答えによっては行き先が駅では無く役所になる。目的はもちろん婚姻届けを貰いに」


「ば、馬鹿なの!?」


「本気だよ」


「……っ、ほ、本当に?」


「うん」


「ほ、本当に、私と結婚したいの?」


「もちろん」


 それはまるで、確認のセリフの様だった。答えを聞いた胡桃さんはあわあわと口をふるわせ、視線をさまよわせる。表情を読み取られまいと思ったのか、両頬に手を当ててきゅっと目を閉じ――


「そ、そんなに、私が好きなの?」


 上目遣いで、そう尋ねてくる。

 当然即答する。


「好き、大好きだ。世界で一番愛している」


「……っ! あぅ……」


 素直に答えると、胡桃さんは胸を押さえた。


「だ、大丈夫っ?」


 心配になったので慌てて声を掛けるも、胡桃さんはそれをスルー。瞑目して大きく深呼吸を一、二回繰り返して落ち着きを取り戻すと、俺を見つめて——告げた。


「け、結婚は……だめ」


 その言葉に、頭が真っ白になる。


「そん……な……」


 今までも何度も結婚をお願いしてフラれて来たが、何だか今回のは勝手が違う気がした。何故、そう思ったのか。


 ……胡桃さんの表情が、真剣だったからだ。


 胡桃さんは比較的感情が表に出やすい人である。今までは拒絶する時も照れたような、場合によっては僅かに笑みすら浮かべて彼女は告げていた。だから俺は真剣には受け取らなかったのだ。だというのに今回は真剣に、拒絶された。


 それを理解した瞬間、心に大きな穴が空いたような気がして――


「……え?」


 ふと、胡桃さんのひんやりとした手が、俺の左手に触れた。驚いていると、胡桃さんはその手をもぞもぞと動かして、指を絡ませるように握ってくる。


 それは所謂いわゆる、恋人繋ぎと言うやつで……。


 胡桃さんは、震えた声で言葉を紡ぐ。


「け、結婚は、まだ・・だめだから……一段階落として……」


 繋がれた手と、その言葉。

 これだけのヒントで間違えるはずもない。


 俺は手を握り返すと胡桃さんに向き直り、生唾を飲み込んでから、――提案した。


「胡桃さん、俺と付き合ってください」


「…………はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る