第17話 美少女との関係が変化した!
胡桃さんと駅へと続く道を再度歩き始める。道も、空気も、気温も、なにも変化していないというのに、俺の目に映る景色はいつもよりふわふわとしているように感じた。理由は単純で、現在進行形で俺の横を歩く胡桃さんとの関係の変化である。
つまるところ、友達から恋人へのジョブチェンジだ。
俺は自分の左腕——より正確に言うのなら、俺の左腕を掻き抱く胡桃さんに目を向ける。
「……」
「な、なにっ!?」
顔を赤くして、しかし離れようとはしない胡桃さんの態度が、関係の変化が現実だと認識させてくる。
「いやぁ、ようやく一歩目を踏み出せたかなって」
「ち、ちが……っ、いや、その、えっと……うん……」
一瞬、いつもの調子で否定の言葉を口にしようとした胡桃さんであるが、俺の顔を見てもごもごと言葉を濁した後、素直にうなずいた。何この生き物、かわいい。
想いを抑えきれずに、俺は胡桃さんを抱きしめる。以前ならセクハラであったが、今は恋人関係。これくらいなら許されるはず……。
「なっ、だ、だめっ!」
胡桃さんの反応は俺が予想していた物とは少し異なっていた。しかし少し拒絶された程度で取り乱したりはしない。何故なら恋人関係なのだから。
「……ど、どどど、どうしてっ?」
めっちゃ取り乱しちゃった。
それにしても、どうしで胡桃さんが腕を組むのは良くて、俺が胡桃さんを抱きしめるのがダメなのか。凄く気になる。普通にショックだし。
「そ、そう言うのは、二人の時にして……は、恥ずかしいから……っ」
胡桃さんはふいっと視線を前方へと向ける。つられて前を向くと、すでに駅が目と鼻の先に来ていた。
この駅はこの辺り一帯の中心的役割を果たす駅であり、現在時刻はそれなりの混雑の様相を見せている。休日出勤のサラリーマンに、家族で出かけた帰りと思しき親子、友人でも待っているのであろう女子高生など、かなりの喧騒が飛び交っていた。
「じゃあこれは?」
言って、抱きしめられている左腕を指さす。
「そ、それは……腕を組むのは普通のカップルって感じだけど……外で抱き合うのは、ちょっと……あれでしょ?」
言われて納得する。
確かに外でべたべたと抱き合ったり、キスしたりするカップルを傍から見るのはかなりきつい。なるほど、俺もそうなりかけていたのか。俺は気にしないが、胡桃さんが嫌だというのなら無理強いはしたくない。
「よし、それじゃあ今すぐ二人きりになろう」
「なんでっ!?」
「だって胡桃さんといちゃいちゃしたいし」
「ばっ——。ま、まぁ、わかるけど……っ」
まただ。馬鹿、と言いかけて胡桃さんは言い直した。鋭い目を向けて来たかと思うと、急に顔を赤くしてふいっと顔を逸らすのが可愛い。非常に可愛らしいので何度でも見ていたい。出来ることなら動画にして永久保存しておきたい。
「……っ、これがデレ期……っ! よし! 今から二人きりになってめくるめく夜を——」
「で、デレて無いけど!? そ、それに霞ちゃんが家で待ってるんだから、今日はだめ!」
「今日は?」
「……っ、馬鹿!」
ぽかっ、とわき腹を小突かれる。痛くはない。むしろ幸せが心を満たしていく。
「わかった、とりあえず胡桃さんがそう言うなら、今日は我慢するよ」
「…………ん」
「なんか寂しそうだね」
「そ、そんなことないけどっ!?」
「そんなことないの? 酷いな。俺はもう一分一秒でも長く胡桃さんと一緒の時間を共有したいと思っているのに、胡桃さんはそうじゃないんだね……」
あからさまにしょげて見せると、胡桃さんは間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「わ、私だって……っ!」
「私だって?」
聞き返すと胡桃さんは恨めしそうな眼を俺に向けつつ、意を決したように言葉の続きを繋げた。
「……寂しくない訳じゃ……ないんだから」
唇を尖らせて、上目遣いに呟く胡桃さん。
「だから、今日はこれで我慢して」
胡桃さんは手を繋いだまま俺に向き直り、つま先立ちになって彼我の身長差を埋めると、俺の耳元へ口を近づけて……囁いた。
「…………すき」
「……っ!」
脳が蕩けそうな声を聴いて、自然と顔に熱が昇るのを自覚する。対する胡桃さんも頬を真っ赤に染めて、したり顔を浮かべていた。可愛い。
でも、こういうのを見るとついついやり返したくなってしまう。俺はカノジョ同様に耳元へ口を近づけると、
「俺も好きだよ、胡桃さん。世界で一番愛してる」
お返しとばかりに告げる。すると彼女は口元を袖で隠して一歩、二歩と後退り——。
「……っ、わ、私もう帰るからっ!」
胡桃さんは、スタコラサッサと駅の改札へと向かっていった。
やっぱりデレてるじゃん。
☆
私、古賀胡桃は電車に揺られて自宅へと帰りつく。部屋の電気をつけてふらふらとソファーへ進み、ぽすん、と脱力して全身を預けた。
「……」
クッションに顔を埋めて、先ほどのことを思い出す。
『胡桃さん、俺と付き合ってください』
いつもとは違う真剣な声音でそう告げる彼の表情。
それは、いつも私にプロポーズしている時の物とは違い——私を助けてくれて、私の為に戦ってくれている時の、特に格好いい時の表情そっくりで……。
「~~~~っ!」
身体がむず痒くなって足をバタバタ。クッションをぎゅーっと抱きしめる。
どうしよう……どうしよう、どうしよう!
私はソファーの上でじたばたじたばた。行儀が悪いことは分かっている。はしたないことも分かっている。でも、でも抑えられない……っ!
「……すき。……すき、すき……っ」
言葉にすると恥ずかしい。でも、心がどんどん温かくなっていく。口にすればするほど、想いが積み重なっていく。今ならなぜ彼が、いつも愛を囁いていたのかが分かる気がする。
彼と別れる最後、私は彼に『すき』と囁いた。思い出すだけでも恥ずかしいのに、もっと言いたいとも思う。
自覚すれば止まらない。
早く月曜日にならないかな。
そんなことを考えてしまう。
一緒に学校に行きたい。手を繋いで、登校したい。外では恥ずかしいから、二人きりの時に抱き合いたい。『すき』って言いながら、キスしたい。そして、意識を持った彼と……。
「……」
やばい、むらむらする。身体が疼く。
恋人になったことで、キスやセックスを妄想してしまい、むらっとしてしまった。しかし、それも仕方がない。彼氏なんて初めてのことだし、何より最後の会話は、恋人としてセックスしようと誘われている物だったのだから。
あの時は、我慢したけど……もし誘いに乗ってたら……。
「……」
私はソファーに座ると、彼から借りていたコートを脱いで、ジッと見る。鼻を近づけて、すんすん。彼の匂いがした。当然か。
「……」
やはり私は変態なのかもしれない。いや、寝ているところを襲っておいて今更か。私は彼のコートに顔を埋め、抱きしめて、右手を下腹部へと伸ばした——。
――――
次話からストーリーが動いてきます。
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