第18話 愛妻弁当のお味はいかが?
月曜日という物は、俺にとって忌むべき存在であった。悠々自適な休日を終えて、新たにやってくる絶望。この世に月曜日を望む人など居るのだろうか、そんな所感を抱いていたのが、以前までの俺である。
が、しかし。現在俺の心に憂鬱の『ゆ』の字すら存在しない。何故かって?
そんなの決まっている、現在進行形で俺の隣にて下唇を軽く噛みながら、時たまちらちらとこちらに視線を飛ばしては目が合うと小動物がごとくさっ、と逸らしてしまう世界一可愛い生き物が居るからだ。
長い黒髪に整った顔立ちは、一見すればとてもでは無いが俺と同学年とは思えない程大人びて見えるけれど、垣間見える所作は同年代の物で、ドキドキわくわくがとまらないっ!
「最高……っ」
「い、いきなりなに?」
「いやぁ、夢にまで見た関係に一歩近付いたことにより、こう、心の内をどうしようもない、いかんともしがたい幸福が満たして、つい溢れてしまった」
「そ、そう。……わ、私も……し、しあわせ……」
指を突き合せてもじもじと唇を尖らせながら何かを言いかける胡桃さん。しかしながら、風船の如くしぼんでいく言葉尻を、上手く聞き取れなかった。
加えて、ここは学校までの通学路であり、周囲には登校途中の生徒がかなり存在する。その喧騒に紛れて、聞き取れなかったのだ。
本当は、胡桃さんの言葉は一言一句聞き逃したくないのだが……。
「ごめん、もう一回良い?」
「……っ、わ、わざとっ!?」
聞き返すと、胡桃さんは猫のようにふしゃーと感情をあらわにした。
「何がっ!?」
「た、たまにそうやって聞き逃すけど、絶対わざとでしょ!?」
「いやいや、本当に聞き取れなかったんだって!」
慌てて弁解すると、彼女はいぶかしげな目を向けた後、周囲を一度キョロキョロ。今の応答でかなり回りの注目を集めてしまっていた。胡桃さんは恥ずかしそうに頬を染めた後、俺に近付き、背伸び。先日の焼き直しのように、俺の耳元で囁いた。
「私も、その……幸せだから」
「……」
「……な、何か言ってよ」
「よし、なら俺の胸の内に
「や、やっぱりだめっ!」
口を開こうとして、胡桃さんに止められる。言ってと口にしたのはそちらだというのに、何という理不尽。だがしかし、ここは通学路な上、長話しすぎると遅刻の可能性も出てくるので仕方が無いと言えば仕方が無いが……。
俺は若干肩を落としつつ了承しようとして――。
「そ、そういうのは、ふ、二人きりの、時に……」
右手で口元を少し隠して告げる胡桃さんを見て、脳みそが爆発四散するかと思った。
☆
教室に着いてホームルームが始まり、やがて授業が開始される。だが、俺の視線は黒板では無く、教室内に置いて離れ離れになってしまった胡桃さんの方へと向かい——、あ、目が合った。
「……っ」
と思ったら思いっきり逸らされた。
これですでに何度目だろうか。ちらっ、と見る度に視線が合う。席の位置的に胡桃さんの方が後ろなので、俺が見る数は少ないが、それでもばっちり視線が絡み合う。これは運命ですね、はい。
やがて昼休みになり、俺は胡桃さんの席に近づいた。いつもは購買によってパンを購入してから彼女の下へ向かうのだが、本日は買わなくていい、と言われていたのだ。俺は視界の端に『違和感』を捉えながら、しかし気付かないふりをして胡桃さんの下へと向かった。
「やっと胡桃さんと話せるよ。まったく、次の席替えは一体いつだろうね」
胡桃さんの前の席の人の椅子を借りて、彼女の対面に腰掛ける。
「わ、私はこれぐらいの距離がちょうどいいかも」
「どうして?」
「……じ、授業に、集中できないから」
言われて授業中のことを思い出す。俺は胡桃さんをちらりと見ているだけだったが、百パーセントの確率で視線が合った。それすなわち、俺が見ていないときも胡桃さんは俺を見ていた、ということだ。……何それ、凄く嬉しいんだけど。
「胡桃さんって、俺が思っている以上に俺のこと好きだよね!」
「……は、はぁっ!? なっ、ばっ……、うぅ……わ、悪い!?」
「いや、嬉しいよ。俺も大好きだから」
「……っ、し、心臓が持たないからやめて……っ」
消え入りそうな声の胡桃さん。もっと照れる彼女も見ていたいけれど、そろそろ小腹が空いた。このままでは昼休みの時間が終わってしまう。
「それじゃあ、そろそろお昼にしようか」
「う、うん」
言って胡桃さんは、自身の鞄の中から二つの弁当箱を取り出した。
「はい」
「ありがとう、初めての愛妻弁当だね」
「ま、まだ愛妻じゃないけどっ!?」
「そうだね、いずれ、だね」
「……うん」
上目遣いに俺を見て、頬を染めながら首肯する胡桃さん。
今すぐ教室を飛び出して世界の中心で愛を叫びたい欲求に駆られるが、何とか理性で押さえつけて、弁当箱の包みを開ける。すると中にはシンプルながらも綺麗に具材が並んでいた。
「凄くおいしそうだ」
「そ、そう? ……う、嬉しい」
胡桃さんは照れたようにはにかみ、頬を掻く。
「……凄く、おいしそうだ」
「な、何で二回言ったの?」
「あ、いや。胡桃さんを見てたらつい」
「? ……あっ! さ、最低っ! きっちーくん最低!」
「ど、どうしてだ! 好きなんだから仕方ないだろう!」
「時と場所をわきまえてってこと!」
「確かに!」
それを言われてはぐうの音も出ない。代わりにお腹からぐう、と音が鳴った。それを聞いた胡桃さんは苦笑を浮かべた。
「食べよっか」
「そうだね」
胡桃さんの愛妻弁当は大変美味しい。卵焼きとか、野菜炒めとか。
「凄くおいしいよ!」
「そ、そう?」
「特にこの隠し味である愛情が、すごく身に染みるね」
「っ、ば、ばか!」
こうして俺たちの学校生活は平穏に進んで行く。
「……」
平穏に……そう、平穏に——進んでくれたらよかったのに。
俺は、視界の隅に映る一人の女子生徒が強く気になっていた。
教室の隅っこで、一人弁当箱に箸を伸ばす、金髪の少女。誰からも視線を向けられない、少女——小倉
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