第8話 好きな子と朝チュンを迎えた!

 朝、目が覚めると妙な倦怠感が身体中を襲っているのに気が付いた。全くもって意味が分からないけれども、しかしながら行動に支障があるわけでは無い。ただ、この倦怠感には覚えがある。あれだ、つまりは寝る前に自慰行為をした時と似ている。


 さすがの俺も、胡桃さんの横で自慰行為に励むようなことはしない。おそらく昨日の疲れが出たのだろう。学校でもその後でもいろいろあったし無理もない。


 隣を見るとベッドは空だった。ただ、わずかに残る温もりが、つい先ほどまでそこに誰かが居たということを物語っている。ならばそろそろ起き上がってその人物にご挨拶すべきだろう。


「という訳で、おはよう!」


「……っ! は、よぅ」


 リビングに赴くとダイニングテーブルの上に朝食を並べている胡桃さんと出会った。今日も相も変わらず愛らしいが、しかしながら頬を朱に染めている表情はその愛らしさに磨きをかけている。


「いやぁ、ついに一夜を過ごした仲になっちゃったね。これはもう結婚するしかないわけだ。大丈夫、俺はいつでもおーけーだし、少しぐらいなら待てる甲斐性というのも持っている」


「……ぐ、ぁ、っそう」


「そうとも、いざとなれば高校なんか中退して、今すぐに働いてお金を稼ぐこともやぶさかではない」


「へ、へー」


「……ところで、どうして苦虫を噛み潰したような表情を続けているの? 何か嫌な事でもあった?」


「そ、そんなことないけど?」


「いやいや、俺のラブラブセンサーが反応しているから間違いない!」


「何そのセンサー!?」


「愛する人の変化に激しく反応するスーパーセンサーだよ」


「き、気持ち悪い……っ!」


「なんで!?」


 わちゃわちゃ言い合いを終え、俺は顔を洗いに洗面所へと向かう。戻って来ると、胡桃さんがダイニングテーブルの席についていたので、その対面に俺も座る。


「おいしそうだね」


「普通じゃない?」


 並ぶのは食パン、サラダ、スクランブルエッグにベーコン、それとコーヒー。


「いやいや、その普通が凄いんだよ。胡桃さんはいいお嫁さんになるよ、俺の」


「な、何であんたのお嫁さんなの!? ……べ、別の人のお嫁さんになるかもしれないでしょ!?」


「なんで!?」


「いや、むしろあんたがなんでよ! 別に付き合ってるわけじゃ——っ!」


 席を立って咆えようとした彼女は、しかしながら俺と視線が合うと顔を真っ赤にして着席。どうしたんだ、いったい。


「胡桃さん?」


「……な、何でもない! いただきます」


「? うん、いただきます」


 そうして俺達は朝食に手を付け始めた。



  ☆



 朝食を終えてコーヒー片手に一心地付きながら、俺は胡桃さんに尋ねた。


「そう言えば、学校はどうする?」


「この格好見て分からないの?」


 胡桃さんが身に纏っていたのは制服だ。当然、うちの学校の。何処からどう見ても登校前、といった風貌であるが、正直行っていいのかと思ってしまう。


「昨日は学校でかなり暴れちゃったし……」


「うん、あんたがね」


「いや、まぁ、そうなんだけど」


「罵倒の言葉を吐いたのもあんただし、暴力を振るおうとしたのもあんただし」


「た、確かに……。あの時はごめん。頭に血が上って、まともに考えられなくなっていたんだ」


「べ、別に謝って欲しいわけじゃない。……あんたが、私のために怒ってくれたのは分かってるし。嬉しかったし……。それに、最後は私の所へ来てくれたから、それで十分」


「胡桃さん……」


 微笑んで見せる、胡桃さん。


「とにかく、大丈夫だから。だから学校行こう」


 俺は彼女のその姿を見て、眩しいと思った。きっと俺は同じ目に遭ったとすれば、立ち直れないだろう。特に、全肯定してくれる人が傍に居たら、それこそ動けなくなる。動きたく、無くなる。


 なのに彼女は前を向く。——そういう所が、俺は好きだ。だから感情の赴くまま愛を囁こうとして、昨日の言葉を思い出す。


 ——『愛は、ちょっとずつ囁いてくれないと……軽薄になるんだから』


 若干頬を赤らめつつそう語った胡桃さんの表情は、今思い出しても可愛くて……。


「好きだ」


「え!? い、いきなりなにっ!?」


 結局言ってしまった。


「ごめんごめん、本音がポロっと。とりあえず了解。俺も準備するから、ちょっと待っててもらえる?」


「う、うん。わかった」


 と言いつつも、俺の鞄は桐島くんが持っているし制服に着替えてスマホをポケットに入れて準備完了だ。

 俺は胡桃さんと一緒にマンションを後にした。

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